第74話 長町あかり-2
早見から離れた長町さんは、俺の方を向いた。
「貴方が黒崎君ね?」
そう言いながら、長町さんは俺に抱き付いてくる。
早見に対して行った時と同じ、自然な動きだった。
「あ、あの……!?」
「はじめまして。私が長町あかりよ。歓迎するわ、黒崎君」
「あかりさん、いけませんわ! その方は、相手が人妻であっても毒牙にかける猛獣ですわよ?」
早見が、危機感を煽るような声で言った。
こいつは……初対面の女性の前で、何ということを言うのか……!
長町さんは、首を傾げて言った。
「アリスちゃんは大袈裟ね。この子は、私より4つも年下でしょ?」
「あかりさん。黒崎さんは外の方ですから、かなり年上の女性でも、恋愛関係や、それ以上の関係になる対象に入れてしまいますわ。その証拠に、あかりさんと同じ年齢である大河原先生の身体に欲情して、その肢体を思い浮かべながら、夜な夜な欲求を……」
「おい! それ以上は言うな! やめろ!」
こいつは……最低限、人前で話してはならないことの区別もできないのか?
あまりにも無神経で、非常識な女である。
それにしても……早見に、どうしてそんなことが分かるのだろうか?
こいつは、俺と先生の、授業中の様子を見ていないはずである。
まさか……ホームルームの時の様子だけで、そこまで察しがつくのか……!?
「とにかく、黒崎さんは全ての女性にとって危険人物なのです。迂闊に触れると、身も心も汚されてしまいますわよ?」
「アリスちゃん、酷いことを言ったら駄目よ? ごめんなさい、黒崎君。この子は、男の子のせいで嫌な思いをたくさんしてきたから……許してあげてね?」
「……まあ、多少は慣れてるんで。それよりも、そろそろ離れてください」
「あら、ごめんなさい」
長町さんは、俺から離れた。
そして、俺に対して笑顔を浮かべる。
「由佳さんから事情は聞いているわ。私が力になれることは、協力させてもらうわね」
「ありがとうございます」
俺は、長町さんに頭を下げた。
どうやら、この人自身は、俺に対して敵意を抱いていないようだ。
だからといって、初対面の異性に抱き付くのはどうかと思うが、嫌われていないことについては安心した。
長町さんは、俺達をリビングに案内してくれる。
そこには、長町さんと同じ赤い髪の、小柄な女がいた。
「……いらっしゃいませ」
その女は、複雑な表情を浮かべながら、俺達に対して頭を下げた。
「まあ、あきらちゃん! 少し見ないうちに、大人の雰囲気になりましたわね」
「……アリスさん、お久し振りです」
長町あきらは、早見を前にして、恥ずかしそうに俯いた。
早見は、長町あきらを抱き締めて、その頭を嬉しそうに撫でた。
長町あきらの髪は、こんな色だったのか……。
初めて会ったのは夜中で、暗かったので、全く気付かなかった。
「あきらちゃん、お客様に、お茶を淹れてちょうだい」
「はい、お姉様」
長町あきらは部屋から出て行き、俺達は椅子を勧められて、席に着いた。
しばらく経ってから、長町あきらが戻ってきて、俺達の前にお茶が並べられる。
飲んでみると、甘みのある紅茶だった。
良い香りがしているので、高級なお茶なのかもしれない。
「由佳さんから話を聞いて、久し振りに春華ちゃんのことを思い出したわ。少しだけ、泣いちゃった」
長町さんは、遠くを見るような目をして言った。
「あの、長町さんは……」
「名前で呼んでくれていいのよ? 私には妹もいるから」
「……じゃあ、あかりさんは……春華さんの親友だったんですよね?」
「そうね……。自分で言うのは恥ずかしいけど、親友と呼べる関係だったのは私くらいだと思うわ。春華ちゃんは、友達が少なかったから……」
「えっ!?」
誰もが神様のように崇めていた春華さんに……友達が少なかった!?
信じられない話である。
「だって、春華ちゃんを前にすると、ほとんどの人が、まともに会話できなくなっちゃったんだもの」
「……なるほど」
言われてみれば、神様と友達になる、というのはおかしなことだ。
妹の宝積寺までもがあの調子では、春華さんは、気の休まる時がなかっただろう。
常人には感じられないほどの、強烈なプレッシャーを感じていたに違いない。
「黒崎君。今、春華ちゃんに同情したでしょ?」
「……」
俺が考えていることを当てたあかりさんは、こちらを安心させるように微笑んだ。
「分かるわ。普通の人は、どんなに大変だろうって考えると思うもの。でもね……春華ちゃんの一番凄いところは、そういう大変さを、全く感じていなかったところなの」
「……演技じゃないんですか?」
「私も、最初はそう思ったわ。神様みたいに崇められて、責任感から、平然としているような演技をしてるんだって……。でもね、ずっと間近で観察していて、春華ちゃんはそうじゃないって気付いたの。春華ちゃんの神秘性って、そういうところから生まれていた気がするのよ」
「……」
それが本当だとしたら、春華さんは、本当に神の使いか何かだったのではないだろうか……?
とても信じられない気分だった。




