第73話 長町あかり-1
「おはようございます、黒崎さん」
「……」
インターホンを鳴らされて、誰かと思って外に出ると、家の前には早見がいた。
白いワンピース姿で、同じく白い、鍔の広い帽子を被っている。
こいつがこういう格好をすると、まるでお姫様だ。
「……一体、俺に何の用だ?」
「あら、決まっているではないですか。あかりさんのお宅まで、ご案内するために参りました」
「……長町さんの家の住所なら、昨日、学校で平沢から聞いたぞ?」
「ですが、黒崎さんだけでは、無神経な言動であかりさんを傷付けてしまった時に、フォローする人がいませんでしょう?」
「……」
「あかりさんは、ちょっとしたことでお怒りになるような方ではありませんが、今は微妙な時期です。私と一緒に行っても、損はないはずですわ」
「……分かった」
普段であれば、早見に付き添ってもらうなど、断固として断るところだ。
だが、今回会いに行く相手は、微妙な状況に置かれている。
しかも、宝積寺に付き添いを頼むわけにはいかない相手だ。
この際、背に腹は変えられないだろう。
俺は、早見と並んで歩いた。
誰かに見られている気がして、周囲を見回す。
この辺りは、神無月の居住地なのである。
後で、誰が何を言うか分からない。
「そんなに警戒なさらなくても大丈夫ですわ。私と黒崎さんの関係を疑う人なんて、神無月にはいませんから」
「……だといいんだが」
「あら。本気でそのようなことを心配なさっていらっしゃるのですか? 私は、黒崎さんに惚れてしまうほど、愚かな女だと思われていませんわ」
「……」
そうなのだ。
この女は、こういう女なのである。
それにしても……今の発言は、宝積寺や一ノ関に失礼ではないだろうか?
「お前は、一生、誰とも結婚しないんだろうな……」
「まあ! 貴方は、大変失礼な方ですわ!」
「……てっきり、肯定されると思ったんだが。あらゆる男を嫌ってるような言動をしてるくせに……」
「私が好きなのは、私以外の女性に、決して欲情しない男性ですわ。そういう意味では、黒崎さんは最低の男ですわね」
「そんな男が、この世にいるとは思えないが……」
「私と結婚する男性には、必ず受け入れさせますわ。その条件を受け入れた男性が、もしも他の女性を気にするようでしたら、私の手で去勢します」
「……お前はとんでもない女だな」
「当然のことではないですか。浮気をしても無事で済むと思っている男性の方が、頭がおかしいのですわ」
「……」
はっきり言って、この女は、少女漫画か何かの読みすぎだと思う。
他の女を抱いたら、という条件ならばともかく、他の女を一切気にするな、などと言われても、大半の男には不可能なことだ。
俺は、横を歩く早見を見た。
どの角度から見ても整った顔をしている。流れるような金色の髪と合わせると、非常に絵になる容姿だ。
まるで、等身大の人形のようである。
こんな性格でなければ、男にとっては天使か女神なのだが……。
「そんなに見つめないでください。凌辱されているような気分になってしまいますわ」
そう言いながら、早見は自分の身体を抱くようにして、俺から離れた。
「お前の方が、よっぽど失礼だろ!」
「あら。実際に、黒崎さんは、美人なら誰でも良いという変態ではないですか。当然の反応だと思いますわ」
「ちょっと待て! 往来で、人をケダモノ扱いするんじゃねえ!」
俺が抗議すると、早見は深々とため息を吐いた。
「自覚していらっしゃらないとは……哀れな方ですわね」
「……本当に、お前はとんでもない女だな」
「あら、今のは皮肉ではありませんのよ? 心の底から、貴方は哀れな方だと申し上げております。自分がそういう男だと気付いているのであれば、まだ救いようがあると思いますが……」
「……」
真顔で、とんでもないことを言われてしまった。
どうして、こいつにここまで暴言を吐かれなければならないのか?
しばらくの間、激しい苛立ちが収まらなかった。
「ここですわ」
早見が、一軒の家の前でそう言った。
大きさは、水沢さんの家と同程度だろうか?
住所はこの辺りのはずなので、ここが長町さんの家で間違いないだろう。
早見がインターホンを鳴らすと、家の中から声が聞こえて、すぐに1人の女性が出てきた。
背は高くない。どちらかといえば童顔な、小柄な女性だ。
「えっ……?」
俺は、思わず声を出してしまった。
俺達の前に姿を現した女性の髪が、一ノ関と同じような、赤い色をしていたからである。
考えてみれば、一ノ関の他にも、そういう髪の人物がいたっておかしくはないのだが……学校では見たことがないので、何だか意外だった。
「まあ、アリスちゃん!」
その女性は、嬉しそうな声を上げると、早見に抱き付いた。
「久し振りね。アリスちゃんは、いつ見ても可愛いわ」
「あかりさん、お元気そうで何よりです」
早見は、相手の女性を、自然な動きで抱き返した。
この2人は、いつもこんな挨拶をしているのだろうか……?




