第72話 宝積寺玲奈-9
北上は、上目遣いにこちらを見てから言った。
「私は……今になって、黒崎さんに何かをしていただこうとは考えておりません。玲奈さんが黒崎さんに惚れてしまう状況を想定しなかった、私が悪いんです……」
「……」
「……ですので、お願いですから、御三家のルールを破壊するような言動は慎んでください。私が求めていることは、それだけです」
「そう言われてもだな……。俺達の関係については、宝積寺と話し合って、納得してもらうために出したものだ。そう簡単に変えられるかよ」
「その結論を伝えた時に、御倉沢は、どのような反応をしましたか? 先ほどまで、麻理恵さんと一緒にいらっしゃったのでしょう?」
「……平沢からは、協力することについて難色を示された」
「でしたら、黒崎さんは、御倉沢の人間として振る舞うべきではないでしょうか?」
「御倉沢はそれでいいとしても、神無月はどうなんだよ? この前集まってた幹部の連中は、神無月先輩のことを支持してるんだろ? お前は、神無月先輩の方針に反するようなことをして、大丈夫なのか?」
「あの場に集まっていた方々も、黒崎さんと玲奈さんの関係を、積極的に支持しているわけではありません。玲奈さんは、神無月にとって、失うわけにはいかない方ですから……」
「……」
結局。
もう一度、宝積寺と話し合う時間が必要だろうということで、北上との話は落ち着いた。
北上は、何度も、勝手に家に入ったことを謝りながら玄関まで行った。
俺は、一応、玄関まで北上を見送る。
北上が、俺に深々と頭を下げてから扉を開けると、外には宝積寺が立っていた。
「玲奈さん……!」
叫んだ北上が、身体を震わせた。
宝積寺は、表情の消えた顔で、じっと北上のことを見据えている。
「天音さん、黒崎さんに何をしたんですか?」
「わ、私は何も……!」
「美咲さんを唆して、私を追い払って……そこまでして、一体、何の話をしていたんですか?」
「それは……」
「私と縁を切るように、黒崎さんに言いに来たんですか? 愛様の指示ですか?」
「違います! これは、私が独断で……!」
「宝積寺、少し落ち着いたらどうだ?」
見かねて俺がそう言うと、宝積寺は、俺の方を悲しそうな目で見つめてきた。
「……黒崎さん。天音さんは、貴方の味方ではありません」
「味方って……そりゃ、こいつは神無月の人間だからな……」
「そうではありません。天音さんは……」
そこまで言って、宝積寺は黙り込んだ。
それから、北上のことを睨み付ける。
「天音さん。どのような事情があろうと、美咲さんを巻き込むのはやめてください。あの方は、何も知らないのですから」
「……申し訳ありません」
「次に同じことをしたら、絶対に許しません」
「はい……」
北上は、宝積寺に促されて立ち去った。
その後で、宝積寺はこちらを窺うように見てくる。
「黒崎さん。天音さんは……本当に、何もしませんでしたか?」
「ああ」
「天音さんのご用件は? やはり、私達に、別れろと言いに来たのでしょうか?」
「……そうだ」
「あの方は……まだ、黒崎さんのことを諦めていないのでしょうね……」
「お前……北上が先に神無月に申告した、という話を知ってたのか?」
「はい」
「……」
だとすると、宝積寺は、自分がルール違反をしていることを認識していた、ということになる。
宝積寺にも言い分はあるのだろうが、神無月の統一されたルールを破るのは、さすがに問題があるのではないだろうか?
そう思ったが、口に出すのはやめておいた。
今の宝積寺は、正論が通じる雰囲気ではない。
「北上は、俺に何かを要求するつもりはないと言ってたぞ?」
「ですが、天音さんは……失恋したからといって、気持ちを切り替えられるような方ではありません。他の男性が好きになることは、おそらくないでしょう」
「……」
「だからといって、私には、あの方に黒崎さんを譲るつもりなど全くありません」
「……だが、神無月のルールでは、北上の方が優先されるんだよな?」
俺が、確認するためにそう言うと、宝積寺は首を振った。
「それは……ズルのようなものです。あの方は、とても気の弱い方ですから……上から命令されると断れないんです」
「……どういう意味だ? 北上は、命令されて嘘を吐いているのか?」
「そういうわけではありません。天音さんが、私よりも先に申告していたことは事実なのですが……申し訳ありません。詳しくお話しすることはできないんです。ただ……私には、神無月のルールなんて関係ありませんので、お気になさらないでください」
「気にするなと言われてもな……。いくらお前が春華さんの妹で、魔素を操ることができても、これ以上、傍若無人に振る舞ったら、さすがにまずいんじゃないか?」
俺がそう言うと、宝積寺は、澱んだ目でこちらを見つめた。
「黒崎さんは……天音さんのことが、お好きですか?」
「いや、そういう問題じゃなくてだな……」
「……私の立場など、お気になさらないでください。邪魔をするなら、相手が誰であっても容赦しませんので……」
「ちょっと待て! お前……実力行使を念頭に置いてるだろ!?」
「いけませんか?」
「お前の魔法がどれだけ凄いのかは知らないが、何でもかんでも、力尽くで解決しようとするな!」
「……黒崎さんには迷惑をかけません。失礼します」
宝積寺は、俺が止めるのも聞かずに、自分の家へ帰ってしまった。
あいつ……北上の暗殺を企てたりしないだろうな……?
そんなことを考えて、不安になってしまった。




