第61話 平沢麻理恵-7
「……魔素を?」
「そうよ。魔素が無ければ、魔力を放出しても魔光を生み出すことはできないから、魔法を使うこともできないわ。一方で、玲奈さんは、自分の手元にだけ魔素を残せば、魔法を使うことができるの。だから、玲奈さんが本気を出したら、誰もあの子に勝つことができないのよ。……ひょっとしたら、春華さんだけは、玲奈さんの魔光を操って勝つことができるかもしれないけど……そもそも、あの2人が戦うなんてあり得ないわね」
そういえば、宝積寺の魔力が早見と同程度だったとしても、それだけで魔女を4人も殺せるとは思えない。
春華さんと同じような魔法を使うことができるから、そんなことが可能だったのだろう。
そこまで考えて、俺は重大な話を思い出した。
「ちょっと待て! 魔素ってのは……人為的に集めると、危険なんじゃなかったか!?」
「そうよ。この世界の魔素は濃度が薄いから、異世界よりも危険性は低いけど……もしも、玲奈さんが、濃度がより高くなっている『闇の巣』の付近で魔素を集めたら、何が起こるか分からないわ。もしも大きな爆発が起こったら、この町が一瞬で消し飛ぶかもしれないわね。『闇の巣』に影響を及ぼしたら、今までよりも拡大したり、新たな『闇の巣』が発生したりして、大量の魔素がこの世界に流入するかもしれないわ。そうなったら、この町どころか、この世界の人類は死滅するかもしれないのよ。……私達が、玲奈さんの動向を気にする理由が分かったでしょ?」
「……」
まさか、宝積寺にそんな能力があったとは……。
だとしたら、この町の連中が、宝積寺を特別視しているのは当然だ。
一応、あいつが「闇の巣」にさえ近付けなければ、危険性は低いようだが……。
「それを踏まえて、正直に答えてほしいんだけど……昨日、神無月とはどういう話をして、どんな結論を出したの? 情報がないから、私達は、どう動くべきなのかが分からないのよ」
「……神無月先輩からは、一ノ関たちと離婚して、宝積寺のことだけを考えろと言われた。だが、そこに宝積寺が割り込んできて、神無月先輩に、余計なことはするなと言った。そして、宝積寺は俺に、一ノ関たちと別れてから、改めて誰と付き合うか決めてほしいと言った。だが、俺には自分から離婚する権利が無いから、お前に協力してもらおうと考えていた。そして今に至る」
「……そんなことだろうと思ったわ」
平沢はため息を吐いた。
それから、俺の方を睨んでくる。
「それで、貴方はこれからどうするつもりなの?」
「……とにかく、宝積寺に納得してもらうしかないだろ? 一ノ関たちには悪いと思うが、離婚して、改めて1人を選ぶしかないと思うんだが……生徒会長に取り次いでもらえないか?」
俺がそう言うと、平沢は険しい表情のまま首を振った。
「絶対に嫌よ」
「おい!」
「だって、そんなに酷い茶番はないわ。貴方、自分が玲奈さんを選ぶ可能性があると思っているの?」
「それは……」
「貴方は、玲奈さんを愛しているわけではないはずよ。そんなことは見ていれば分かるし、玲奈さんだって気付いているはずだわ。誰か1人を選べと言われたら、貴方は水守さんを選ぶに決まってるじゃない。鈴さんも香奈さんも同じ意見のはずよ」
「……」
そういえば……宝積寺は、俺の本命が一ノ関だと決め付けていた。
女子から見ると、俺の好みというのは、そこまで明らかなのだろうか?
「一ノ関に対して、何の不満もない、というわけじゃないんだが……」
俺が一ノ関の料理を思い出しながら言うと、平沢はため息を吐いた。
「当然だわ。恋人でも夫婦でも、相手は他人なんだから。でも、欠点を上回る魅力があるから、相手のことを好きになるんでしょ?」
「……」
「貴方は、自分の本心を、きちんと玲奈さんに伝えて。それが誠意というものよ」
「……じゃあ、俺が、宝積寺のことが好きでなかったとしても、あいつのことを選ぶつもりだと言ったら……」
「馬鹿なことを言わないで! そんなの、認められるはずがないでしょ!?」
「普通はそうだろうな……。だが、そういうことも、真剣に検討しているところだ」
「何よそれ!? 貴方、頭がおかしいんじゃないの!?」
「どちらかといえば、おかしいのは俺じゃなくてだな……」
「えっ?」
「これは、神無月先輩から指摘されたことなんだが……俺の言葉が原因で、宝積寺が俺に執着しているなら、責任を取るしかないと思ってな。そういう理由で、相手を選ぶのは不本意だが……」
「……ちょっと待って! 貴方……玲奈さんに何を言ったの!?」
「それは……宝積寺の昔の話を聞いた後なら、絶対に言えないことだ。これ以上の説明はできない」
「……」
平沢は、真っ青になって俯いた。
酷く動揺した様子である。
「お前……まさか、今の話だけで、察しがついたのか?」
「……小学生の時に、私は玲奈さんと同じクラスだったことがあるのよ。あの子がリボンをからかわれた時にも、そうだったの。だから、その時の玲奈さんを見ていたのよ」
「……」
「あの時の玲奈さんは……いえ、やめましょう。誰が聞いているか分からないわ」
そう言って、平沢は話を打ち切った。
今にして思えば、平沢は、宝積寺のことを恐れているような言動をしていた。
それは、宝積寺の本性に気付いていたからなのだろう。




