第60話 平沢麻理恵-6
「春華さんがいなくなって、この街の人達の心には、ぽっかりと穴が空いてしまったように感じるわ。御三家の威信が揺らいで、代わりに現れた人までいなくなってしまったら、私達は、どうやって生きて行くべきか分からないもの……」
平沢がそう言ったので、俺は呆れてしまった。
「誰かに頼ろうとするから駄目なんだろ? 自立すればいいだけじゃねえか」
「……」
平沢は、驚いた様子で目を見開いた。
こんな指摘をされるとは、夢にも思っていなかったようである。
「貴方って……無茶な人なのね」
「当たり前のことを言ってるだけだと思うんだが……」
「……確かに、貴方が言っているとおりだわ。私達は、御三家や春華さんに、依存しすぎたのかもしれないわね……」
平沢は、険しい顔をしたまま俯いた。
やはり、こいつには、他人に責められることに慣れていないらしい。
「……でもね、黒崎君。貴方の言うことは、間違っていないと思うけど……それを、他の人に言ったら駄目よ? 特に、玲奈さんにだけは、絶対に言ってはいけないわ」
「……ああ」
平沢に言われるまでもない。
宝積寺にそんなことを言ったら、大変なことになる。
あいつは春華さんに言われたことを絶対だと考えて、その教えの全てに従っているのだ。
そして、そのおかげで、まともな人間として生きていられるのである。
宝積寺は、極めて危険な本性を持っている。
迂闊なことを言って暴走したら、一体何をするか……。
初めて会った頃の宝積寺は、かなり荒れていた。
あれは、春華さんがいなくなったことが原因だったのだろう。
今の宝積寺と比べたら、別人だとしか思えない言動をしていたことを思い出す。
しかし、どちらかといえば、本性に近いのは、あの時の宝積寺であるはずだ。
今の宝積寺は、春華さんの教えを守ろうとして、攻撃的な性格や、だらしのないところを隠しているのだろう。
平沢が、何かを思い出した様子で口を開く。
「そういえば、前々から気になっていたんだけど……貴方と玲奈さんは、どうやって親しくなったの? 玲奈さんが男の子と仲良くしているところなんて、見たことがなかったんだけど……?」
「それは……詳しく話せないことだ」
「……そう」
あの件については、宝積寺に口止めされている。
神無月の内輪揉めを、他の家に知られたくないのだろうが……それ以上に、裸に近い格好で寝ていたことを、他人には知られたくないはずだ。
普段は、ちゃんとパジャマを着て寝ている。
自分は、言い付けられたことを、きちんと守る人間だ。
誰かに話したら殺す。
そんな言葉を、宝積寺が繰り返していたことを思い出す。
今だから、はっきりと分かる。
宝積寺が、自分が下着姿で寝ていたことを誰にも言うなと念押ししたのは、羞恥心からではない。
春華さんの言い付けを守っていなかった、という事実を、誰にも知られたくないからだ。
「殺す」という言葉も、よくある口先だけの脅しではなく、本気だったはずである。
「まあ、いいわ。でも、1つ忠告させてもらうなら……玲奈さんと関わり続けると、神無月の内部抗争に巻き込まれるかもしれないわよ?」
「神無月の……?」
「当主である愛様の後ろ楯は、春華さんだったのよ。その春華さんがいなくなったら、もっと多くの魔力を保有している方を当主にしよう、と考える人が出てきても不思議じゃないでしょ?」
「いや、でも……血統はどうするんだよ?」
「清生市に追いやられた、神無月家の方々がいらっしゃるわ。その方々の中から、改めて当主を選べばいいのよ」
「そんなに簡単に替えられるのか?」
「簡単じゃないに決まってるでしょ? だから、今の当主の粗探しをしようとする人が、神無月には少なからず存在しているの。そして、その最大のネタが玲奈さんなのよ」
「……この街の連中は、一体何がしたいんだ?」
俺はため息を吐いた。
こいつらは、異世界人との戦いではなく、内部での足の引っ張り合いばかりに力を入れているようだ。
他の家と戦うならまだしも、家の中でも争っているなんて、あまりにもくだらない。
「とにかく、玲奈さんの問題のある言動を追及して、玲奈さんを庇う当主をどうにかしようと考えている人達にとっては、貴方も攻撃対象なの。だから、迂闊な言動は慎んで」
「迷惑な話だ……」
「……玲奈さんは、この町で、特に重要な人なのよ。恋人である貴方にも、相応しい言動が求められるのは当然じゃない」
「すごい人なのは、春華さんであって、宝積寺本人じゃないだろ? 春華さんの妹だから特別扱いだなんて、それこそ不満が出る話じゃないのか?」
「……貴方、まだ聞いてないの?」
「何をだ?」
俺が尋ねると、平沢は険しい顔をして言った。
「玲奈さんは、魔素を操ることができるのよ」




