第5話 須賀川鈴-1
一ノ関達は、ワニが絶命したかを確かめ始めた。
そのタイミングで、俺は伊原の言葉を思い出す。
一ノ関と共にいる2人は、須賀川鈴と蓮田香奈だ。
この2人は、俺達とはクラスが違うが、一ノ関と親しい友人だったはずである。
どちらも、伊原が一ノ関と合わせて「お勧め」だと言った女子だ。
須賀川鈴は、身長は低いが胸は大きめで、明るく社交的な人物らしい。
気の強いところはあるが、面倒見が良くて優しさも持ち合わせていると聞いた。
蓮田香奈は、たしか宝積寺と同じクラスだったはずだ。
大人しく控えめな性格で、細かな気配りができる女性だという。
そんなことを考えていて、ふと気付いた。
あの化け物も、先ほどの戦いも……見てはならないものだったのではないだろうか?
こういう場合は、気付かれないうちに立ち去るべきだろう。
本能的にそう思った。
「……あっ!」
俺が逃げるよりも、少し早く。
須賀川が、俺がいることに気付いてしまった。
そして、俺に向かって、勢いよく駆け寄ってくる。
「あんた、黒崎じゃない! 今……見たでしょ!」
須賀川は、俺の近くまで来ると、激しく怒った様子で詰め寄ってきた。
「そりゃあ……見たが……」
若干迷ったが、俺は正直に告げた。
この状況で見ていないと答えても、とても信じてもらえるとは思えない。
すると、須賀川は、掴みかかるような勢いで迫ってきた。
「サイテー! 人が命がけで戦ってたっていうのに! 水守に謝りなさいよ!」
「謝る……?」
須賀川の要求は予想外だった。
こういう場合、「誰にも言うな」といったことを要求するのがセオリーではないのだろうか?
一体、何について一ノ関に謝れと言うのか……?
「ちょっと、鈴! まずいって!」
意味不明な要求をしてくる須賀川を、俺達の方に駆け寄ってきた蓮田が、慌てた様子で制止する。
「どうして止めるの!? こいつが、水守に散々酷いことを言ったって、あんたも知ってるでしょ!」
「で、でも、麻理恵さんに怒られるよ?」
「何でよ!? こいつなんて、宝積寺のペットみたいなものじゃない!」
「それはそうだけど……」
意味不明な責められ方をされ、おまけに酷く馬鹿にするようなことを言われてしまった。
この状況ならば、いい加減キレてもいいのではないだろうか?
「でも、黒崎君に何かを言うと、宝積寺さんを刺激するかもしれないって、何度も注意されたし……」
「どうして、あんな女にビクビクしないといけないのよ! それに、宝積寺だって、黒崎が水守のパンツを見たって知ったら、怒って当然だと思うはずでしょ!?」
「はあ!?」
俺は、思わず声を上げていた。
この女は、非現実的な化け物と、超能力らしきものを駆使して戦った直後に、そんなことについて怒っていたというのか?
「何を驚いてるのよ!? さっき、自分で見たって認めたんじゃない! 土下座して謝りなさいよ!」
「ちょっと待て! お前は、あのワニみたいな化け物のことを言ってたんじゃないのか!?」
「そんなの、質問する必要がないでしょ? 今も、あそこに死体が転がってるんだから。あんたって、聞いてた以上の、とんでもない馬鹿なのね」
「うるせえ! 初対面で、平然と人を罵るんじゃねえ!」
「ねえ、鈴……これ以上は、本当にまずいってば……」
「香奈は黙ってて! こいつに謝らせないと、私の気が済まないの!」
「あの状況で、そんなもんを見る余裕があるか!」
「何よそれ!? 見る価値がないから謝る必要もないとか、最低の言い訳じゃない!」
「誰もそんなことは言ってねえだろ!」
「あんたがクズだってことは知ってるのよ!? 水守のことで、伊原と酷い話をしてたって聞いたんだから!」
「は……?」
確かに伊原は、俺が聞き流しているにもかかわらず、一ノ関のことを「想像以上に胸がデカい」とか「ミニスカートから伸びる脚がエロい」とか、しつこく言っていた。
あまりにも鬱陶しかったので、つい「どれだけいい女か知らないが、髪をあんなに赤く染めることはないだろう」と言ってしまったのである。
すると、伊原は急に真顔になって「あの髪は地毛だ」と言ってきた。
その時以来、一ノ関には悪いことを言ったと思っていたのだが……。
「いや、あの時は……一ノ関について色々言ってたのは、ほとんど伊原だったんだが……」
「嘘よ! 水守がどれだけ傷付いたか分かってるの!?」
「それは……」
「……ねえ、黒崎君。さっきから誤魔化そうとしてるけど、水守のパンツを見たなら、そのことだけでも謝ってくれないかな?」
蓮田が、申し訳なさそうに言ってくる。
しかし、言葉とは裏腹に、この女も、俺のことを軽蔑しているような目をしていた。
見たか、見ていないかの二択であれば、俺が一ノ関の下着を見たことは間違いない。
ミニスカートで、あれだけ派手に飛び上がり、宙返りまでしていたのである。
おまけに、飛び降りる時にも、スカートを押さえる様子すらなかった。
当然ながら、スカートは完全に捲れ上がり、ピンク色のモノが露わになっていた。
しかし、視界に入っていることと、性的なニュアンスでそれを眺めることは違うだろう。
目の前で、巨大な化け物と女子高生が、超能力らしきものを駆使して戦っている最中に、女子の下着を見て喜んでいたら、変態を通り越して異常者である。
「香奈は甘いのよ! こういう奴は、1回ぶん殴ってやるべきだわ!」
須賀川の発言はエスカレートしていた。
被害者とされている一ノ関は、大分遅れてやって来て、困惑した表情のまま黙り込んでいる。
とりあえず、形だけでも謝ってしまった方が良いのかもしれないが、須賀川は、それでも収まらないだろう。
埒が明かない。どうするべきだろうか……?