第58話 平沢麻理恵-5
俺は、思わずため息を吐いた。
「おいおい……戦う前から諦めろって言うのかよ……」
「大切なことだわ」
「まあ……今の俺だと、異世界人と戦っても、勝てるとは思えないけどな……」
そう言うと、平沢は首を振った。
「違うわ。たとえ私でも、アリスさんでも、異世界人と戦って勝てるとは思っていないのよ」
「……は?」
意味が分からなかった。
こいつや早見は、それぞれが所属している家で、主力級とされている人物であるはずだ。
そんな面々が、異世界人に敵わないという。
ならば、誰が異世界人と戦うというのか?
「私達は、勝てないことを前提にして動くの。つまり、なるべく戦わないように振る舞って、戦うことになりそうなら逃げて、逃げられなかったら負けを認めるのよ」
「負けを認めるって……そんなことをしたら、相手に殺されるんじゃないか?」
「そういうリスクはあるわ。でも、どちらかといえばレアケースよ」
「……そうなのか?」
「だって、考えてもみなさいよ。異世界人が、この世界に来て、最初にどう感じると思うの?」
「泣きたくなるんじゃないか?」
俺は、実際に漂流者と会った時のことを思い出しながら言った。
すると、平沢は、微妙な表情を浮かべる。
「まあ、間違ってはいないけど……。つまり、どうしていいか分からなくなる、ということよね」
「向こうの連中は、この世界のことは、日本語しか知らないと聞いたが……」
「そうなの。だから、この世界に来たら途方に暮れてしまうのよ」
「……そんな状態だと、俺達と戦う気にならないってことか?」
「そういうことね。漂流者や罪人は、積極的に戦おうとはしないわ。魔女ですら、この世界に来ると戦意を喪失するらしいから、こちらも、それを前提に動くのよ」
「……」
何だか、拍子抜けしてしまう話である。
俺は、異世界人と戦うわけじゃないのか……。
決して、戦いたい、というわけではない。
しかし、戦う前から負けを認めろと命令されるのは、不思議な気分だった。
「何ていうか……お前らって、偉そうにしてるわりに弱いんだな」
俺がそう言うと、平沢は、心外だと言いたげな表情を浮かべた。
「言っておくけど、私やアリスさんには、漂流者に勝てる程度の力はあるのよ? 戦ってもメリットがないから、なるべく戦わないようにしているだけよ」
「そんな有り様で、相手に舐められないのか?」
「異世界人は馬鹿じゃないもの。この世界で暴れても、何も得をしないことぐらいは、すぐに理解してくれるわ。それを理解してくれない相手が、時々いるから困るんだけど……」
「そういう異世界人と遭遇したら、どうするんだよ?」
「さっき言ったとおりよ。逃げられるなら、逃げるわ」
「最初に考えることが、逃げることなのかよ……」
「戦う必要のない相手と戦うなんて、危険で無意味な行為じゃない。身の安全を第一に考えるのは当然よ」
「じゃあ、戦う必要のある相手とは、きちんと戦うのか?」
「当然だわ。実際に、話し合う余地のない魔物とは、全力で戦っているでしょ?」
「それで、その一番危ないところは、部下に押し付けてるんだな?」
「……何ですって?」
平沢は、俺の言葉にカチンときた様子だった。
御倉沢にとっては、触れられたくないことなのかもしれない。
「お前らは、一ノ関たちが弱いことを知ってるのに、魔物と戦わせてるじゃねえか」
「私達は、やむを得ないからやっているのよ。まるで、積極的に皆を死なせようとしているみたいに言わないで」
「だが、あいつらを使い捨てにしてることは事実じゃねえか」
「……そうね。あの子達が戦わなくても済むだけの戦力が、私達にあれば良かったんだけど……戦うのに充分な魔力を有する人達は、進んで戦って、死んでいったから……」
平沢は、悲しそうな声を出した。
ひょっとしたら、親しかった人の中に、そういう人がいたのかもしれない。
「そのせいで、御倉沢は人材不足になったのか?」
「……そうよ。私達は、この町を守るために、命懸けで戦っているんだもの」
「神無月や花乃舞は、助けてくれないのかよ?」
「花乃舞は、御倉沢以上に人材不足だから……決められた見回り以外は、ほとんど何もしてくれないわ。まあ……あの人達は、私達が死ぬことを望んでいるんだから、当然なんでしょうけど……」
平沢は、不快そうに言った。
花乃舞は、異世界人の遺伝子が広まることを、阻止しようとしているのである。
他の家の人間が死ぬことを望む、というのは考えられることだろう。
「神無月も、御倉沢に協力なんてしてくれないわ。貴方みたいに、個人的にお願いすれば、話は別なんでしょうけど」
平沢は、俺を白い目で見てきた。
「……一ノ関が話したのか?」
「アリスさんから聞いたのよ。貴方って、女の子に助けてもらうことを躊躇しないのね」
「向こうから持ちかけてきた話だ。それに、助けてもらったのは一ノ関たちだろ?」
「……貴方には、ヒモとして生きる才能があると思うわ」
「何でだよ!?」
俺が抗議しても、平沢は発言を撤回しなかった。




