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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第55話 宝積寺玲奈-8

 俺は、久し振りに宝積寺の家に行った。

 目的は勉強ではなく、今まで引き延ばしていた、今後の話をするためである。


 私服に着替えた宝積寺は、いつものように、髪に赤いリボンを結んでいた。

 今となっては見慣れた、その姿を見て少し安心する。


「……黒崎さん。私の本心をお伝えしても、よろしいでしょうか?」


 宝積寺は、俺の顔を窺うようにしながら言った。


「ああ」

「では、申し上げますが……私は、黒崎さんに、あの3人と別れて、正式に私とお付き合いをしていただきたいと思っております」


 ついに、この時が来てしまった……。

 懇願するように言った宝積寺を見ながら、俺はそう思った。


「悪いが……それは無理だ」

「そんな! どうしてですか!?」

「俺は、あいつらと結婚した時から、お前とは別れようと思ってたんだ。常識的に考えれば、それがお互いのためだろ?」

「……そんなの、納得できません」

「そうだよな……。お前には、俺なんかのために色々としてもらって、感謝してるんだが……」


 俺の言葉に対して、宝積寺は首を振った。


「そういうことを言っているわけではないんです。外の法や常識に照らせば、脅迫されて行った結婚は、取り消すことができるはずですよね?」

「……まあ、そうだと思うが……」

「私には、黒崎さんが、本当にあの3人のことを愛しているとは思えません。ですから、別れていただきたいと申し上げております」

「俺は、あの3人を嫌っているわけではないんだけどな……」

「ですが、嫌っていない相手とならば、何人でも結婚したい、というわけではないのでしょう?」

「それはそうだが……」

「……私のことは、嫌いですか?」

「いや、そんなことは……」

「であれば、一旦、正常な状態に戻して、改めて1人を選んでいただけないでしょうか?」

「……」


 それだと、また、話を引き延ばすことになってしまう。

 だが、もう結婚させられてしまったから別れよう、という話に納得できないのは理解できることだ。


「……分かった。だが……お前を選ぶことは約束できない。それは、はっきりと言っておくからな?」

「……そうですよね。1人だけを選ぶなら、一ノ関さんがいいですよね……」

「決め付けられても困るんだが……」

「……分かりますよ。外の男性は、本能的に、守りたくなるような女性が好きなのだと、お姉様が仰っていました」

「まあ、男には、そういうところがあるとは思うが……そうだったとしても、お前だって、男が嫌うようなタイプじゃないと思うぞ?」

「ですが……戦ったら、黒崎さんよりも私の方が強いです」

「……」

「この町や異世界では、魔力量の多さが全てです。ですが……外では、強い女は好かれません。そして、黒崎さんは、その傾向が特に顕著な男性です」

「……」

「この町で孤立している私は、魅力的に見えたのでしょうね。ですが、黒崎さんは……私のことが、怖くなったのではないですか?」

「……!」


 俺が、3年前の話を聞いた、ということを……こいつも知っているのか!?

 全身から冷や汗が噴き出したが、宝積寺は、淡々と話を続けた。


「私は……ちゃんと、分かっていました。黒崎さんと初めて会った頃、あの話をした時に、深く考えていたわけではないということは……。ですが……黒崎さんの言葉に、私が救われたことは、事実ですから……」

「……なあ。あの時のことを、あんまり美化されると困るから、あえて酷いことを言うんだが……」

「下心があったんですよね?」

「……」

「分かっています。男性に、身体の欲求があることは……。責めてはいけない、理解してあげなさいと姉が言っていました」

「……気に障ったら、本当に申し訳ないんだが……春華さんは、常識的な人だったんだよな?」

「当然です!」

「……悪い」

「……いえ。黒崎さんが疑問を抱いてしまうのは、私が悪いからです。姉は、決して男女の関係が乱れることを肯定していたわけではありませんから……」

「いや……お前から、そういう印象を受けたわけじゃないぞ?」


 俺がそう言うと、宝積寺は首を振った。


「私は、姉の教えに反することを、何度も繰り返しています。……お姉様は、いつも仰っていました。女性は、肌をなるべく見せてはいけない。自分から男性に触れてはならない。それは、自分の身を守るためであり、男性に迷惑をかけないためでもある、と……」

「それは……しっかりとした教育だな……」

「お姉様の仰ることに間違いなどありません」


 陶酔したような顔で、宝積寺は言った。

 こいつは、その言葉を文字どおりの意味で、心の底から信じているのだろう。


 御倉沢の連中が、こいつを避けるのは当然である。

 相手は、どのような言動が教義に反しているのか把握することが困難な宗教の信者であり、おまけに、突然キレて人を半殺しにしたり、無理心中を検討したりするような人物なのだ。

 これでは、危なくて会話もできない。


 矢板ですら、宝積寺に対しては何も言わないそうだが、賢明な判断だと言うべきだろう。

 こいつと良好な関係を保っている平沢には、色々な気苦労があるに違いない。少し同情した。


「……ひょっとして、お前が俺の前で飲み食いをしないのは、春華さんの教えに従ってるからなのか?」

「!」


 宝積寺は、俺の言葉を聞いて、怯えたような反応をした。

 この話題は、避けた方が良かったのだろうか?


「話したくなければ、無理はしなくていいぞ?」

「……すいません」

「それはともかく……付き合う相手は、フラットな状態で決めさせてもらうからな? まあ……御倉沢が離婚を認めてくれるか分からないから、交渉次第、ということになるけどな……」

「……申し訳ありません」

「どうして謝るんだよ?」

「……私が、勝手に愛様の申し出を断ってしまって……。あの方の力をお借りすれば、黒崎さんは、自由になることができたのに……」

「いや。そのことなら気にする必要はない。あの人の提案を受け入れたら、今度はお前との結婚を強制されるだろうからな。結果がどうであれ、俺が自分で決められないなら意味がない」

「……そうですね……」

「時間は、かなり必要になるかもしれない。それでも、待ってくれたら嬉しいんだが……」

「……分かりました。もしも、黒崎さんが、あの3人と離婚することができれば……その後は、ご自由に選んでいただいて構いません」

「そうか。ありがとな」

「ですが……御倉沢が離婚を拒否するのであれば、私は……手段を選ぶつもりはありません」

「……おいおい。まさか、今度は、生徒会長と刺し違えるとか、一ノ関たちを始末するなんて言い出さないだろうな?」

「……」


 宝積寺は、何も言わずに顔を伏せた。

 こいつ……いざとなったら、そういう手段を検討するつもりなのか……?


 生徒会長は、宝積寺はそんなことをする人物ではないと断言していた。

 しかし、今となっては、その言葉を信じることが出来なくなっていた。

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