第4話 一ノ関水守-1
昇降口に行くと、外では強い雨が降っていた。
登校する時から弱い雨が降っていたが、今は本降りになっている。
俺は、折り畳み傘を開いて校舎から出た。
異変は、学校と俺の家の、ちょうど真ん中辺りの地点で起こった。
突然、それほど離れていない場所から、獣の雄叫びのようなものが聞こえたのである。
続けて、複数の女子が、緊迫した様子で叫んでいるのが聞こえてきた。
何事かと思い、音が聞こえた方を見て……俺はあり得ないものを見てしまう。
まず、目に付いたのは、巨大な四足歩行の生き物だ。
俺が知っている生き物の中では、ワニに近い姿をしている。
しかし、そのサイズは、象よりも遥かに大きい。
それほどの巨体であるにも関わらず、大して音も立てずに素早く動き回る様は、幻を見せられているかのようだった。
そのワニの周囲に、3人の女子がいた。
全員が、俺が通っている高校の制服を着ている。
どうやら、巨大ワニを退治するために戦っているようだ。
そんなことを、現実感の乏しさから危機感の湧かない頭で、ぼんやりと考える。
「鈴、お願い!」
1人の女子が叫びながら、両手を地面に着いた。
すると、手が触れている部分から金色の光が広がり、ワニの足元まで広がった。
同時に、ワニの4本の脚が地面に沈み込む。
「任せて!」
別の女子は、応えながらワニに向けて両手を伸ばした。
すると、その両手から放たれた金色の光が雨を取り込んだ。
そして、雨粒が光と共にまとまって塊となり、水柱と化してワニに突き刺さる。
はね飛ぶ水に黒っぽい血が混じり、ワニは苦しそうに叫んだ。
「水守、今よ!」
水柱を放った女子が叫ぶ。
すると、剣らしき物を構えた女子が、高々と飛び上がった。
その女子は、何メートルも跳んでワニの背中に剣を突き立て、それを引き抜きながらワニの背を蹴って飛び降り、着地する。
ワニは再び苦しそうに叫んだが、致命的なダメージを受けたわけではなさそうだった。
4本の足を地面から引き抜き、自分に剣を刺した女子を目がけて突進する。
その女子は横に跳んで回避した。
「香奈、もう一度!」
叫びながら体勢を立て直し、再び剣を構えた女には、見覚えがあった。
その、特徴的な赤い髪をしている女子は、クラスメイトの一ノ関水守だ。
同じくクラスメイトの、伊原という男子が、やたらと一ノ関のことを褒めていたことを思い出す。
伊原によれば、「美人でスタイルが良く、性格も含めて、男にとっては理想的とも思えるような女」らしい。
その話を聞いた際に、あの赤い髪は地毛なのだ、と俺は教えられていた。
巨大なワニを見据えながら一ノ関が構えた剣は、金色に輝いた。
ワニは一ノ関に対して突進したが、カナと呼ばれた女子は、地面に光を広げて、ワニの脚を再び地面に沈めていた。
その隙を逃さず、一ノ関は跳んだ。
ワニの眉間に剣を深々と突き立て、顔面を蹴る。
しかし、蹴った部分が濡れていたためか、その足が滑って、一ノ関はバランスを崩した。
「……!」
「危ない!」
リンと呼ばれた女子が、両手から光を放つ。
すると、空中で雨がまとまって、クッションのように一ノ関を受け止めた。
ワニは苦しそうにもがく。
しかし、先ほどよりも弱っているらしく、今度は簡単に脚を引き抜くことができないようだった。
その隙を逃さず、リンという女子は水柱をワニに放った。
その水柱が突き刺さって苦しむワニを前に、無事に地面に降りた一ノ関は、もう一度剣を構えて跳び上がった。
そして、ようやく前脚を地面から引き抜いたワニの背中に、またしても剣を突き立てる。
ワニは暴れ、何とか後ろ脚は引き抜いたが、それで力尽きたように倒れた。
その際には、今までの静かな暴れ方が嘘のように、大きな音を立て、地面を激しく揺らした。
跳んで距離を取った一ノ関と他の2人は、倒れたワニを、しばらく無言のまま見つめた。