第48話 一ノ関水守-8
俺の目の前に、平沢が迫っていた。
そして、木刀を振るう間もなく、俺は平沢に突っ込む。
体当たりすることを、狙っていたわけではない。
単に、魔法で加速しすぎたために、木刀を使うことができなかっただけである。
結果として、俺は平沢を押し倒すことになった。
「麻理恵さん! 黒崎君!」
一ノ関が、心配そうに駆け寄ってきた。
「黒崎君……貴方……!」
「ま、待て! 絶対にわざとじゃ……!」
俺は、慌てて平沢から離れようとした。
しかし……身体に力が入らない。
少し遅れて、フルマラソンを走ったかのような、激しい疲労感に襲われる。
俺は、平沢に覆いかぶさったまま、動けなくなった。
「……水守さん。黒崎君を介抱しましょう」
平沢がそう言って、起き上がりながら、身動きできない俺を抱える。
一ノ関は、心配そうな顔のままで頷いた。
「黒崎君は……魔力放出過多ね」
平沢は、俺をソファーに寝かせると、深刻そうな様子でそう言った。
平沢を手伝っていた一ノ関も、その言葉の意味が分かったらしく、暗い表情になる。
俺は、どうにか息を整えてから言った。
「それは、つまり……俺の身体の能力に対して、魔力を放出しすぎだってことか?」
「分かりやすく言えば、そのとおりよ。そして、その症状の厄介なところは……手加減すると、途端に魔法が不安定になることなの」
「じゃあ……俺は、どうやって戦えばいいんだ?」
「貴方に最適な、手加減の仕方を身に付けないと駄目よ。でないと、さっきみたいに、意図せず相手に体当たりすることになったり、跳び上がった瞬間に疲れ切ったりして、動けなくなるかもしれないわ」
「……何とかしないと、自殺することになりかねない、ってことか……」
予想以上に深刻な症状だった。
言うまでもなく、今の疲れ切った状態では、誰かに襲われても何の反撃もできない。
戦う時に走る速度すら加減できなければ、建物の壁や、味方に突っ込んでしまう危険性だってある。
何とかして、魔法を制御できるようにならなければ……。
平沢は、俺に、今日は安静にしているようにと指示して帰っていった。
一ノ関は、平沢が帰る前に私服に着替えており、こちらを心配そうに見つめている。
「さすがに、ずっと見られてると気まずいんだが……」
俺がそう言うと、一ノ関は目を逸らした。
「私には、貴方と違って下心はないわ」
「どうして、このタイミングで俺を非難するんだよ!?」
「だって、貴方……この前、私の脚を見ていたじゃない」
「いや、それは……」
「分かっているわ。その前の日に、私が怪我をしたから、気になったんでしょ?」
「それが分かってるんだったら……」
「……でも、私が怪我をするところを見た、ということは……貴方は、また、私のスカートの中を見たのね?」
「それは……!」
確かに、見た。
双眼鏡で見ていたので、はっきりと見えたわけではないが……青っぽい色だったことは間違いない。
見ていた時には、戦いを見守ることに必死で、意識していなかったのだが……。
「心配してくれるのは嬉しいけど……知らないうちに覗かれるのは嫌よ」
「……悪かった」
「いいの。怒ってるわけじゃないから。それで……貴方は、私の下着が見えたら、嬉しいと思うの?」
「それは……お前のだったら、嬉しいに決まってるだろ」
「……そう」
一ノ関は、顔を赤くして俯いてしまった。
「……ねえ。今も、見たいと思う?」
一ノ関は、そう言って、こちらをじっと見つめた。
こいつ……俺が見たいと言ったら、今この場で見せるつもりなのだろうか?
「いいか? 絶対に、わざと見せるなよ?」
「……それは、つまり……見せられるよりも覗き込むのが好き、ということなの?」
「だから、俺は覗き込んでねえって言ってるだろ!」
「……男の子って、そういう性質があるのね」
「お前まで、俺を変態扱いするんじゃねえ!」
「いいの。貴方にどんな性癖があっても、私は受け入れるから」
「あのなあ……!」
「そろそろ、食事の準備をするわ」
そう言って、一ノ関はキッチンへ向かった。
結局、俺は、女子のスカートの中を覗き込むのが好きだ、ということにされてしまった。
自分でミニスカートを履いたまま跳び上がり、ショーツを丸出しにしていたのに、あまりにも理不尽だ。
こいつらに、間違いを認めさせなければならない。
そう心に誓った。
キッチンに行った一ノ関は、米を研ぎ始めたようだ。
そういえば……蓮田が、こいつの料理は下手だと言っていた。
一体、どのような問題があるのだろうか……?




