第45話 一ノ関水守-6
「――というわけで、黒崎君に、魔法の使い方を教えてあげてくれない?」
翌日の朝、登校する途中で、蓮田が一ノ関に頼んだ。
こいつらは、お互いが家を出る時間が分かっているらしい。
「分かった。黒崎君、今日の放課後はよろしく」
「ああ。よろしく頼む」
言いながら、俺は、一ノ関が亀の魔獣と戦っていた時のことを思い出した。
俺の魔力は、それなりの量があるらしいので、何とかこいつらを助けることが出来ればいいのだが……。
授業の時間になって。
いつものように、大河原先生と2人きりになった。
この、おっとりした雰囲気の先生が、かつては攻撃的な言動を繰り返したり、生徒会長をやったりしていたとは……。
なかなか想像のできない話である。
「……黒崎君? 先生の顔に、何か付いていますか?」
先生は、俺が自分の顔を見ていることに気付いたらしく、不思議そうな反応をする。
「……いいえ」
「いけませんよ? 宿題で取り返すことが出来ないのですから、余計に授業へ集中しなければ」
「分かってますよ……」
「毎晩、奥さんの相手をして、疲れているのだとは思いますが」
「は!?」
「円から聞きました。私生活が大変なのでしょう? 楽しいのは分かりますが、自分の体力と相談することは大事だと思います」
「ちょっと待ってください! 俺が疲れてるのは、気疲れとか、慣れない魔法を使った影響とか、そういうのが原因ですよ!」
「分かります。教師に、夜の生活のことまで詮索されたいとは思いませんよね」
「違いますってば!」
「安心してください。先生も、強く止めるつもりはありません。生き物としては、何も間違っていないのですから」
「……」
この先生……やたらと思い込みが激しい、というか、人の話を聞かないとは思っていたが……。
さすがに、今回の誤解は酷すぎるのではないだろうか?
それに、仮にも教師であり、花乃舞に所属しているなら、そういう行為は禁止するべきではないのか?
俺は、納得できない気分のまま、授業を受け続けた。
ホームルームを終えて廊下に出ると、いつもどおりに宝積寺が待っていた。
「なあ、宝積寺……」
「……本日は、どなたの家に行かれるのですか?」
「それは……一ノ関の家だ」
「……そう……ですか。それは楽しみですよね……」
「おいおい……」
宝積寺は、どんよりと澱んだ目で、俺のことを見つめた。
こいつの頭の中では、俺の本命は一ノ関、ということになっているらしい。
「俺は、魔法の使い方を教えてもらうために行くんだ」
「……それでしたら、私が教えても良いはずです」
「いや、だが……俺は一応、御倉沢の人間らしいからな……」
「所属する家なんて、私は気にしません」
「そういうわけにはいかないだろ……」
「黒崎さんは、好んで御倉沢に所属しているわけではないのでしょう? 裏切り者扱いをされながら所属するよりは、神無月に移った方が良いのではないでしょうか?」
「お前……!」
俺は、慌てて周囲を見回した。
廊下にいた連中が、揃って唖然とした顔をしたまま、俺達の方を見ている。
「宝積寺、落ち着けよ! いくら何でも、今のはまずいだろ!」
「私は本気です。邪魔をするなら、たとえ相手が誰であっても……!」
「玲奈さん、それ以上はいけませんわ」
いつの間にか宝積寺の後ろに回り込んでいた早見が、宝積寺の口を塞いだ。
それとほぼ同時に、一ノ関が俺の腕にしがみついてくる。
「一ノ関……!?」
「貴方達に、黒崎君は渡さない!」
「ご安心ください。神無月には不必要な方ですから」
「……」
早見は、笑顔で失礼なことを言い放った。
こいつ……本当に、俺と仲直りをするつもりがあるのだろうか?
宝積寺は、早見に口を塞がれた状態で、一ノ関を睨んでいた。
むやみに殺気を放つのは、やめてもらいたい。
「一ノ関……とりあえず、離れろ」
俺はそう言ったが、一ノ関は、意地になった様子で、俺から離れようとしなかった。
「行きましょう、黒崎君」
「だが……」
「今は、とても冷静に話し合いができる状況ではありませんわ。玲奈さんのことは、私が宥めておきます」
「……じゃあ、頼むぞ?」
気は進まなかったが、俺は一ノ関を伴って、その場から立ち去った。
宝積寺は、殺気立った様子で、ずっと一ノ関のことを睨んでいた。
「……なあ。そろそろ、離れてくれないか?」
結局、校門の外に出るまで、一ノ関にくっつかれたまま歩き。
さすがに、そろそろいいだろう、と思ってそう言った。
一ノ関は、少しの間、迷った様子だった。
しかし、このまま歩き続けるのは気が引けたのか、俺から離れて、並んで歩く。
「……ごめんなさい」
「謝る必要はないが……」
「貴方と宝積寺玲奈の関係を、無理に切り離すつもりはないの。でも、向こうが貴方を奪い取るつもりなら、絶対に許せないから……」
「心配しなくても、俺は神無月のところへ行くつもりはない」
「……信じていいの?」
「ああ」
俺は、御倉沢を信用していない。
それは、はっきりと宣言したことだ。
宝積寺からも、信用しないように忠告されている。
だが、神無月を信用して良いか、となると、そう単純な話でもない。
俺は、宝積寺や北上とは親しい関係だが、早見からは嫌われており、神無月の当主とは会ったこともないのである。
3年前のイレギュラーの際に、当主が動かず、春華さんや早見が動いていた、というのも気になるところだ。
現状では、俺が神無月に移籍することのメリットなど、あるとは思えなかった。




