第44話 蓮田香奈-9
「私が話したこと……絶対に秘密にしてよ?」
蓮田が、不安そうに言ってくる。
こんなことを話したことが分かれば、大変なことになるからだろう。
ひょっとしたら、命の危険すらあるのかもしれない。
「ああ」
俺は頷いた。
本来であれば、話すのが難しいことを、蓮田は教えてくれた。
そのことに、とても感謝していた。
「じゃあ、そろそろ、お風呂に入ろうか。黒崎君が先でいいよ?」
「そうか、助かる」
「……黒崎君さえ良ければ、一緒に入ろうか?」
「いや……やめておく」
「……そう?」
蓮田は、何故か残念そうに言った。
まさかとは思うが、一緒に入りたかったのだろうか……?
俺は、風呂に入って、先ほどの話を整理する。
宝積寺には、相手が魔女とはいえ、人を殺した経験があった……。
それは、俺にとって、完全に計算外のことだった。
俺は、あいつと、そんな経験はないという前提で会話をしていたからだ。
それにしても……春華さんは、どうして、虐殺をした妹を叱らなかったのだろうか?
相手が誰であれ、無抵抗の人間を殺すのが、良いことであるはずがない。
自分が倒れたために、妹にそんなことをさせてしまった、という負い目があったからなのだろうか?
いや……ひょっとしたら。
春華さんは、自分の妹の本性に、気付いていたのかもしれないな……。
そんなことを考えてから、俺は風呂を出た。
蓮田が用意してくれた、男性用の服を身に着ける。
それは、須賀川の家にあった物と、ほとんど同じ物だった。
「出たぞ」
リビングに戻り、俺が声をかけると、蓮田は何故か緊張した面持ちで立ち上がった。
「じゃあ、私が入ってくるけど……覗かないでね?」
「どうして、お前らは皆、同じことを言うんだよ」
「……ごめんね。私がお風呂に入っていても、覗きたいとは思わないよね……」
「相手が誰でも、覗いたりしねえよ」
「……そうなの?」
「お前は、俺を何だと思ってるんだよ?」
「でも、それって……相手が嫌がってるからだよね? 嫌われたくないからでしょ?」
「まあ、そうだが……」
「……女の子の裸が見たいなら、見せてあげてもいいけど……?」
「……せっかくだが、遠慮させてくれ」
「私って……そんなに魅力がないんだ……」
「そうじゃない。宝積寺との関係が片付くまでは、そういうことはしないと決めてるんだ」
「……」
蓮田は、沈んだ顔で、部屋から出て行った。
あいつ……思い詰めて、変なことをしなければいいんだが……。
1人で、リビングに残り。
御三家にとって、俺はどういう存在なのかと考える。
御倉沢にとって、俺は好ましくない人物であるはずだ。
この町を守ることを第一に考える御倉沢から見れば、脱走者は裏切り者である。
そして、御倉沢の権威を失墜させ、御倉沢雪乃を死に追いやった宝積寺姉妹は、許し難い存在だろう。
宝積寺と俺が、恋人のような関係を続けることは、腹立たしいことに違いない。
神無月は、俺のことを、それほど問題視していないかもしれない。
宝積寺は神無月に所属しているのだし、他の家と違って、神無月は所属が異なる者との交際を禁じていないからだ。
だが……宝積寺が、魔女すら殺してしまうほどの力の持ち主であることを考えれば、好意的に見られているとは断言できない。
宝積寺だけは、神無月の中でも、別格の存在だと認識されているかもしれないからだ。
あいつの恋人が御倉沢の男では困る、と思われているおそれがあることは考慮するべきだろう。
花乃舞は、俺を危険人物だと見なしているおそれがある。
もしも、俺が原因となって、御倉沢と神無月の関係が良好になったら……子孫の増加と、異世界人の遺伝子の拡散を助長するかもしれないからだ。
実態を見れば、そのような兆候はないが……花乃舞からは、そう見えていないかもしれない。
ということは……動機だけでは、俺を襲った人物は特定できない、ということだ。
すると、犯人は、相手の様子から推測するしかない、ということになる。
身長は、女にしては高かった。
この町の女の平均身長は、外よりも5㎝ほど高いが、その平均身長よりも高かったはずだ。
それでも、俺よりは低かった。
腕は細く、身体は痩せていたと思う。
声は、低く抑えていたので、普通の声では区別できないだろう。
胸は……かなり大きかった気がする。
これらの特徴を考えると、相手を表現する際に、早見のような女、ということになる。
だが、早見は、俺に後ろから抱き付いている。
その時に、僅かな違和感があり、はっきりとした根拠はないものの、あの女ではないように思えた。
この町には、早見と同じような身長の女が何人もいる。
だが、平沢はもう少し低いし、矢板では高すぎる。
胸は……背中に当たった感触では、正確なことなど分からない。
だが、以前、大河原先生の胸が当たった時ほどのボリュームはないように感じられた。
やはり、早見と同じくらいのサイズだったのではないだろうか?
それほどのボリュームがあるのは、一ノ関ぐらいだが……あいつの身長は平沢よりも低い。
そもそも……胸のサイズなんて、服の上から見ても、正確に分からないものだ。
例えば、宝積寺は着痩せして見えるが、実はかなりのボリュームがある。
あくまでも、参考程度に考えるべきだろう。
そんなことを考えていると、パジャマ姿の蓮田が部屋に入ってきた。
「……そろそろ寝るか?」
「黒崎君って……やっぱり、私には、あんまり関心がないよね……」
蓮田は、不満そうな顔で俺を見た。
「……まさか、本当に覗いてほしかったのか?」
「そうじゃないよ……いいから、寝よ?」
蓮田は、俺を自分の寝室まで連れて行った。
「お前も、俺を自分のベッドに寝かせるつもりか?」
「……あのさ。魔素は、胎児に悪影響を与えるから、その……」
「分かってるよ。子供は、まだ作らないんだろ?」
「……まあ、相手が私だったら、そういう気分にはならないよね」
「いや……そんなことはないだろ。女としては、警戒すべきだと思うぞ?」
「それって……私でも、そういう対象になるってこと?」
「……当然だろ? 心配なら、俺は、リビングのソファで寝るべきだと思うんだが……」
「それは悪いよ。だから……そういう気分になったら、隠さずに相談してくれないかな?」
「……分かった」
その夜は、なかなか眠れなかった。




