第38話 蓮田香奈-5
「黒崎君。今日は香奈の家に行って」
翌日の放課後。
何事もなかったかのように、一ノ関が言った。
昨日の出来事を思い出して、俺は一ノ関の脚を見る。
ひょっとしたら、傷痕が残っているかもしれないと思ったのだ。
「黒崎君……?」
一ノ関が、戸惑った様子で脚を押さえた。
いくら結婚した相手でも、間近でジロジロ見られるのは嫌なのだろう。
俺は、慌てて目を逸らした。
「……悪い」
「……いいの。男の子には、そういう気分の時もあることは、知っているわ」
誤解をされてしまったが、訂正するわけにもいかない。
そういう意図があったと思われるのも、仕方のないことだろう。
以前、伊原も褒めていたが……白くて細く、真っ直ぐに伸びた、綺麗な脚だ。
適度に筋肉が付いているのが、特に良い。
一見したところ、傷痕らしきものは見当たらなかった。
女は、身体に傷痕が残ったら気にするだろう。
綺麗に治してくれた、早見に感謝すべきなのかもしれない。
あまり考え事をしていると、また誤解されてしまうかもしれないので、俺は本題について話した。
「もう魔光は出来たんだから、俺の家に来てもらうのは駄目なのか?」
「駄目よ。鈴の家に泊まって、香奈の家には行かないなんて」
「……だよな」
俺が廊下に出ると、いつも通りに、宝積寺が待っていた。
「……宝積寺、悪い」
「……本日は、どなたの家に?」
宝積寺は、表情を消して、淡々と尋ねてくる。
「……蓮田の家だ」
「そう……ですか……」
「その前に、一度、お前と話し合いたいんだが……時間はあるか?」
「……話なんて、したくないです」
「おいおい……」
「失礼します」
宝積寺は、頭を下げてから立ち去った。
「黒崎さん」
後ろから声をかけられて、振り向くと北上がいた。
「申し訳ありません。私のせいで、大変なことになってしまって……」
「いや……お前が悪いわけじゃない」
「玲奈さんは、男性とお付き合いをしたことがありません。ですから、黒崎さんが他の女性と結婚してしまった、という現実が受け止められないのだと思います」
「それは……曖昧な関係を続けて、宝積寺をその気にさせた俺の責任だ」
「いいえ。黒崎さんは御倉沢の方ですから、玲奈さんは、そのことが分かった時点で諦めるべきでした」
「……神無月は、所属してる家は気にせず恋愛をすると聞いたぞ?」
「それは、そうなのですが……御倉沢と花乃舞は、そうではありません。ですから、他の家の方とお付き合いをしたら、お相手の方を不幸にしてしまいます。そのような道理は、玲奈さんもご承知のはずなのですが……」
どうやら、北上は略奪愛に対して否定的らしい。
イメージどおりだったので、少しだけ安心した。
「玲奈さんには、もう少しだけ、お時間を差し上げていただけないでしょうか? 今は、感情的になってしまわれているのだと思います」
「……ああ」
「ありがとうございます」
北上は、深々と頭を下げてから立ち去った。
「黒崎君。今日は、よろしくね?」
蓮田が、俺に駆け寄ってきて言った。
やけに嬉しそうな様子である。
「ああ」
「鈴から聞いたんだけど、黒崎君は、もう魔光を生み出すことに成功したんだよね? 凄いよ、天才だね!」
「そんなに褒めるなよ。これで、俺が生み出した魔光が何の効果もなかったら、ぬか喜びだろ?」
「そんなことないよ!」
蓮田は、俺のことをキラキラした目で見てくる。
魔光を1日で生み出したのは、それほど尊敬されるようなことなのだろうか?
俺は、やたらとテンションが上がっている蓮田に連れられて、学校を後にした。
その間、俺に対して、明らかに攻撃的な視線が向けられる。
さらに、ヒソヒソと、女子達が何かを話し始めた。
先日の出来事があったので、俺は、誰かが襲いかかってくるのではないかと不安になる。
周囲や俺の様子を見て、蓮田の気分は、一気に沈んだようだった。
「……ごめんね。私達がどれだけ説明しても、御倉沢の子は信じてくれなくて……」
「いや、お前が悪いわけじゃない」
「優しいね、黒崎君は」
「そんなことはないだろ」
「……でもね。皆の気持ちも、私には少しだけ分かるんだ……。私達の戦いは、命懸けだから。町から逃げ出すことは、許されないの」
「俺の先祖は、どうして逃げたんだろうな?」
「……やっぱり、怖かったんじゃないかな? 私も、死ぬのは怖いよ……」
蓮田がそう言ったので、俺は昨日の一ノ関を思い出した。
こいつらは、命がけで戦っている。
御倉沢から大事にされていないのであれば、戦わないで済むようにしてやりたいところだ。
だが、この町から脱走するように勧めても、こいつらは従わないだろう。
「俺の魔法で、お前達を守ってやれればいいんだけどな……」
つい、そう言ってしまった。
すると、蓮田は驚いた顔をした。
「それは……結構高い目標だね」
「そうなのか?」
「うん……でも、気持ちは嬉しいよ?」
「……」
蓮田の家も、一ノ関や須賀川の家と、全く同じ構造をしていた。
異なるのは、蓮田の家の玄関やリビングには、小さな毛糸製のぬいぐるみのような物が置いてあることだ。
そういえば、こいつは手芸部に所属していると言っていた。
「何だか、こういう物があると、女子の家っぽいな」
「そ、そうかな……?」
「一ノ関も須賀川も、家に物がほとんどなかったからな……」
「それは仕方ないよ。私達の家は、御倉沢から借りている物だから」
「じゃあ、宝積寺の家は、神無月から借りてるのか?」
「……」
「……悪い。神無月のことは、お前には分からないよな」
「それは……私達と同じだと思うな。この町で、純粋な持ち家なんて、御三家の方々の家くらいだし……」
「……そうなのか」
「まあ、話はこれくらいにして、魔法を使うための訓練を始めようよ?」
「……ああ。具体的には、何をするんだ?」
「黒崎君には、魔光を生み出して、どういう効果があるかを確かめてほしいの。どういう魔法が得意かで、戦い方が変わるから」
「分かった。だが、その前に……お前は着替えてこい」
「……それ、必要?」
「強制はしないが……」
「……できれば、魔法を使う時には、この格好のままがいいんだよね。着替えた直後は、少し不安だから……」
「一ノ関はともかく、お前の魔法にも、着てる服が影響するのか?」
「……本当は、大して影響なんてないの。でも、私……魔法を使うことについては、特に不器用だから」
「……そうか」
本人が嫌なのであれば、わざわざ着替える必要はない。
俺達は、すぐに訓練を開始することにした。




