第36話 早見アリス-4
俺は、早見に連れられて、町の中心にある森を訪れた。
宝積寺から「あの森は町の聖地なので、絶対に入ってはいけない」と言われた場所である。
この森の中央こそが、「闇の巣」の発生地点なのだ。
早見は、俺を一ノ関たちが巡回しているエリアまで案内してくれた。
やはり、神無月の人間である早見が御倉沢の人間を助けることは、望ましいことではないらしい。
俺達は、3人を発見した後でも、何らかの問題が発生するまでは見守ることにした。
「それにしても……その傘は目立つんじゃないか?」
俺は不安になって尋ねた。
早見の傘は、深紅の、とても派手なものである。
誰かを尾行するには、明らかに不向きだ。
「あら。私がずっと見ていても、こちらに気付く様子のなかった方のお言葉とは思えませんわね」
「お前……その傘で、俺のことを尾行してたのかよ?」
全く気付かなかった……。
一体、どうやって姿を消したのだろうか?
「ところで、黒崎さんの覗き趣味は、大変に深刻ですわね」
「ちょっと待て! 唐突に、人を変態扱いするんじゃねえ!」
「あら。黒崎さんは、水守さんのスカートの中を、興味深そうに観賞していたでしょう? 今回も、覗けることを期待しているのではありませんか?」
「してねえよ! あの時だって、そういう意図があったわけじゃねえ!」
「それだけではないでしょう? 黒崎さんは、その前から、クラスの女子を、いやらしい目でご覧になっていたではありませんか」
早見は、にこやかに言った。
こいつ……気付いていたのか……。
「それは……伊原の話を聞いて、あいつの趣味が気になっただけだ」
「嘘ですわね。女性の短いスカートを眺めていると、興奮してくるのでしょう?」
「……お前、この前のこと、全然反省してないだろ?」
「あら。黒崎さんが玲奈さんと釣り合わないことは明らかなのですから、事実を追及して、それを証明しようとするのは当然ではないですか」
「……」
「ご安心ください。黒崎さんの悪い噂は、これ以上広めませんわ」
「……今度は、宝積寺にだけ、こっそりと伝える……なんて言わないだろうな?」
「時と場合によりますわね」
「……」
こいつは、何としてでも、俺と宝積寺を別れさせるつもりらしい。
神無月の一員としては、当然の行動なのかもしれないが……はっきり言って、余計なお世話である。
俺だけではなく、宝積寺も同じように感じているはずだ。
「……いらっしゃいましたわ。このまま、見守りましょう」
早見がそう言って、ある方向を指差す。
しかし、そちらに誰かがいるのは見えるものの、相手が誰かは分からない。
「あれは……あの3人なのか?」
「まあ! 黒崎さんは、目が悪いのですね?」
「普通は見えない距離だと思うんだが……」
「ちなみに、あの3名の中だと、鈴さんは勘が鋭い方ですわ」
そういえば、初めて会った時、俺の存在に最初に気付いたのが須賀川だった。
あの時のことを思い出していると、早見が突然、何かを差し出してくる。
それは双眼鏡だった。
「……お前には必要のない物だろ? 随分と準備がいいな?」
「あの3人を、性的な目的で見ないと約束していただけるのでしたら、お貸ししますわ」
「……約束するから、貸せ」
俺は、早見から双眼鏡を預かって覗き込む。
すると、傘を差して歩いている、3人の様子が見えた。
さすがに、細かい表情までは分からないが……和気藹々、といった様子だ。
意外と緊迫感がない。
「ちなみに、1回の見回りで、漂流者や魔獣などに遭遇する確率は低いのでご安心ください」
「……そうか」
「ただし……遭遇したら、あの3人の命の保証はありませんが」
「!?」
驚いて早見の方を見た。
早見は、俺の方を冷たい目で見てくる。
「あの3人は、御倉沢では、決して魔力が乏しい方ではありません。しかし、それでも、異世界の人間や魔獣とは比べものにならないほど弱いのですわ。ただ、連携の巧みさで、何とか対抗できるだけなのです」
「だったら、どうして御倉沢は、あの3人を戦わせるんだ!?」
「豊富な魔力を有する者を、消耗させないようにするためですわ。要するに、魔力を充分に持たない者など、御倉沢にとっては捨て石なのです」
「何て奴等だ……!」
「御倉沢の方々は、そのようなことをなさっても、平気な人種なのです。悪いことは申しませんので、御倉沢からは離れることをお勧めしますわ」
「俺だって、御倉沢を信用してるわけではないんだが……」
「今すぐに決断する必要などございません。いずれ、そうなさりたいと思う日が必ず来るでしょう」
早見は、確信を持っている様子で言った。
その根拠は、尋ねても教えてくれなかった。
しばらくの間、3人の様子を見守って。
何の異変もなく、今日はこのまま無事に終わるのではないか……そう思い始めた頃に、早見が呟いた。
「運が悪いですわね」
「……?」
最初は、何を言っているのか分からなかった。
しかし、双眼鏡を覗いていると、3人が傘を投げ捨てて、戦闘態勢に入ったのが分かった。




