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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第35話 早見アリス-3

「最初に宣言しておきますが、私は、黒崎さんにお詫びの言葉を申し上げるつもりなどございません」


 早見は、俺をわざわざ空き教室まで連れて来てから、背を向けたまま言った。


 ため息を吐いてしまう。

 やはり、こいつは、俺が宝積寺に頼み事をするのを阻止したかっただけらしい。


「一ノ関たちに迷惑をかけたことを、反省してないのかよ?」

「しております。ですが、私が悪かったことは、天音さんの行動を正確に推測するできなかった、という点だけですわ。あの方が、私の予測どおりに、玲奈さんに告げ口していれば、何も問題はございませんでした」

「大失敗じゃねえか」

「そうとも言いますわね」

「……つまり、俺に用はないんだろ? もう帰るからな?」


 いちいち反論することも馬鹿らしくなったので、俺はそう言って、部屋から出て行こうとした。


 突然、後ろから抱き付かれる。

 俺は、昨夜のことを思い出して凍り付いた。


 反射的に、相手の腕から逃れようとしたが、俺の身体を抱いている2本の腕は、鋼鉄の枷のように動かなかった。

 そういえば……こいつらには、この世界の普通の人間よりも腕力があるのだ。


 だが……俺を抱えているのは、並の女以下の細腕である。

 どうやったら、この腕で、男を上回る怪力を発揮できるというのか?


「……女性に抱き締められて、全力で逃げようとするのは、さすがに酷いと思いますわ」


 早見が、何故か不満そうに言ってくる。

 抱き締められている、というよりは、絞め殺されそうになっている気分なのだが……。


「……俺を、殺すつもりじゃないのか?」

「まあ! 今すぐに、そのようなことをするはずがないでしょう? 殺すなら、私が犯人だと気付かれないように殺しますわ」

「殺すこと自体は否定しないのかよ……」

「時と場合によりますわね。そのようなことよりも、私は、黒崎さんに選んでいただきたいのです」

「……何をだ?」

「先日のお詫びとして、私が水守さん達を助けることと、私の身体を黒崎さんに委ねることでしたら、どちらがよろしいでしょうか?」

「……」


 こいつは……随分と悪辣なことを考える奴だ。

 もはや、怒る気にもなれなかった。


「一ノ関たちを助けろ」

「まあ! 本当によろしいのですか? 私の処女を奪う、最初で最後のチャンスですのに」

「俺がお前の身体を選んだら、そのことを一ノ関や宝積寺に伝えるつもりだろ?」

「私、そこまで卑劣な女ではございませんわ」

「じゃあ、はっきりと言うが……いらねえよ。もしも、俺にとって理想的な条件で、お前を抱く権利が手に入るとしてもな」

「……酷いことを仰るのですね?」

「女の価値は、魔力の量なんていう尺度で決まるようなものじゃない」

「存じ上げておりますわ。外では、胸の大きさで決まるのでしょう?」

「……その誤解は、お前が広めたんじゃないだろうな?」

「冗談ですわ」


 早見は、俺から離れた。

 確信はできないが……おそらく、別人だ。

 昨夜の襲撃者と比較して、俺はそう思った。


 背の高さや腕の細さ、胸の大きさなど、昨夜の襲撃者と早見には、様々な似通った点がある。

 早見なら、声を変えることができるかもしれない。同一人物ではない、という根拠は乏しい。


 だが、早見と昨夜の人物とでは、何かが違った。

 ちょっとした違和感、程度の差異なのだが……。


「良い感触でしたか?」


 早見が、悪戯っぽく尋ねてくる。


「……」


 迂闊なことを言えば、こいつはセクハラだと大騒ぎするだろう。

 俺はコメントを拒否した。


「ご安心ください。私が黒崎さんと、仲直りがしたいのは本当ですわ。大変、不本意ではありますが……先日の件が原因で、玲奈さんが口を利いてくださいませんので」

「……だったら、俺をからかうようなことを言うな」

「あら。私、本気だったのですが?」

「……まあいい。一ノ関たちを助けられるなら文句はない」

「まあ! 妻思いの、良い旦那様ですわね」

「心にもないことを……」

「それは違います。私は、貴方が、最低でも10秒以上は迷うと確信していたのですから。……少しだけ、プライドが傷付きましたわ」


 そう言った早見は、本気で傷付いているような顔をした。

 おそらく演技だと思うが……案外、本当にショックだったのかもしれない。


 この女は、誰もが自分に惚れるような環境で暮らしているのだ。

 そうでない男に会ったのは、初めてかもしれないのである。


「……これだけは言っておく。相手が誰であれ、宝積寺との関係を清算するまでは、身体の関係になるつもりはない」

「なるほど。そちらが原因でしたか」

「……本気で一ノ関たちを助ける気があるなら、早く行くぞ」


 俺は、もう一度部屋から出ようとする。


「そうですわね。急ぎましょう」


 早見はそう言いながら、今度は俺の右腕に、左腕を絡めてきた。

 俺の腕に早見の胸がぶつかって、思わず飛び退きそうになった。


「……おい!」

「あら。期待どおりの反応で嬉しいですわ。後ろからよりも、こちらの方がよろしかったのですわね?」


 早見が、笑いながら言った。

 こいつ……ひょっとして、俺が身体を要求しなかったから、意地になっているのではないだろうか?


「……歩きづらいからやめろ」

「どうぞご心配なく。黒崎さんの邪魔にならないように歩きますわ」

「……こんなところを見られたら、宝積寺に、余計に嫌われるぞ?」

「それは困りますわね」


 そう言って、早見は俺から離れた。


「俺を試すのはやめろ」

「あら、ご不快でしたか? 私、水守さんと比べても、遜色ないサイズであるはずなのですが?」

「……」


 確かに……こいつも、デカい。

 感触を思い出し、一瞬だけ目で確認してから、慌てて逸らす。


「ご安心ください。誰にも言いませんから」


 早見はそう言ったが、全く信用できなかった。



 俺達は、並んで学校の外に出た。

 その途中、周囲の誰もが、俺達を見て凍り付いたように動かなくなる。

 俺達2人は、この学校にいる者にとって、絶対にあり得ない組み合わせなのだろう。


 腕を組んだまま歩かなくて良かった……。

 心の底からそう思った。

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