第34話 早見アリス-2
「黒崎君。今日、私達は放課後のパトロールを担当するわ。だから、貴方の魔法の訓練はお休みよ」
ホームルームの後で、一ノ関がそう言った。
「また、雨の日に担当するのか? 運が悪いな」
俺が窓の外を見ながらそう言うと、一ノ関は首を振った。
「そうじゃない。私達は、雨が降っていないと、力が発揮できないから。元々、雨の日の担当なの」
そう言われて、こいつらが以前戦っていた時の様子を思い出す。
須賀川は雨を操り、蓮田はぬかるんだ地面を操っていた。
一ノ関は、むしろ雨の影響で戦いづらそうにしていたが……他の2人のサポートなしで戦えるほどの力はないのだろう。
「……黒崎君、変なことを思い浮かべないで」
一ノ関が、顔を赤くして言ってくる。
言われて、俺がこいつらと夫婦になったきっかけを思い出してしまった。
視線を落としたせいで、あの時のことを考えていると誤解されたらしい。
「……違う。俺が思い浮かべていたのは、そのことじゃない」
「……ごめんなさい」
「でもな。ああやって戦うことが分かってるなら、着替えたらどうだ? 自分が、この町で、そういう対象として見られてないからって……スカートを履いたままで、無防備に跳び上がるのはどうかと思うぞ?」
「……駄目よ。余計な物を身に着ければ、それだけ動きと……何より、魔法が制約されるもの」
「……そうなのか?」
「そう。心配してくれるのは嬉しいけど……一番大事なのは、自分の命だから」
「魔法ってのは、随分と繊細なんだな?」
「私が不器用なだけ。すぐに順応する子もいる」
魔法を扱う際に、服装にまで気を遣うとは……。
そんなことを気にする様子のなかった須賀川は、やはり、リスク管理が苦手なようだ。
いつまでも話し込んでいるわけにはいかないので、俺は一ノ関を見送った。
まだ魔法が使えない俺では、付いて行ったとしても、足手まといになるだけだろう。
だが……あいつらだけに戦いを任せるのは、嫌な気分になることである。
「なあ、平沢」
俺は平沢に近寄って、他の女子との会話を遮って声をかけた。
すると、今まで会話をしていた女子達は、嫌そうな顔をして俺から離れる。
好きになってほしいとまでは言わないが、汚い物を見るような目をするのはやめてほしいものだ。
「何か用かしら?」
「一ノ関たちのことなんだが……あの3人には、誰か応援を付けるわけにはいかないのか?」
「……貴方が魔法を覚えたら、助けてあげればいいじゃない」
「俺は今日の話をしてるんだ」
「無理よ。簡単に人員を補充できると思わないで。貴方は、何のために3人と結婚させられたと思ってるの?」
「だが……お前達が、そこまで深刻な人手不足には見えないんだが?」
「私達は、短期間に戦い続けることができないし、『闇の巣』が1回現れて、その期間に戦ったら引退するのよ」
「それは聞いたんだが……」
「心配なのは分かるけど、あの3人なら大丈夫。貴方も、早く魔法を扱えるようになって」
平沢は、俺の言葉をあっさりと却下した。
しかし、平沢の態度からは、3人の身を案じていることが伝わってきた。
廊下に出ると、教室の前で宝積寺が待っていた。
俺を見ると、少しだけ、嬉しそうな顔をする。
「なあ、宝積寺……」
気は進まなかったが、俺は宝積寺に、一ノ関達に何らかの形で協力できないか、確認してみることにした。
俺達の人間関係は微妙な状態であり、そもそも、神無月が御倉沢を助けるようなことをするのかが不明なので、期待は薄いのだが……駄目で元々である。
しかし、俺の言葉は中断された。
突然、俺と宝積寺の間に割って入るように、早見が宝積寺に声をかけたのだ。
「玲奈さん、少々よろしいでしょうか?」
「アリスさん……」
宝積寺は、困惑した表情を浮かべて早見のことを見る。
早見は、俺の方を一度も見ないまま、宝積寺を離れた場所まで連れて行ってしまう。
そして、2人はこちらに聞こえないように話し始めた。
思わぬ事態に、手持ち無沙汰なまま待たされて。
ようやく、2人が戻って来た。
「……黒崎さん。アリスさんが、先日のことについて、黒崎さんに謝罪したいそうです」
宝積寺は、暗い顔をして言った。
「早見が?」
疑わしいと思って、俺は早見を見る。
早見は、ニコニコと笑いながら俺の方を見ていた。
「……他にも、色々と話しておきたいことがあるそうですので、私はこれで失礼します」
そう言って、宝積寺は頭を下げてから立ち去った。
「玲奈さん……いつ見ても、健気で愛らしい方ですわ。是非とも、私のお嫁さんになっていただきたいですわね」
うっとりとした様子で、早見が言った。
「宝積寺は、女を恋愛対象だとは思ってないように見えるぞ?」
一応、俺は忠告する。
「そのようなことは存じ上げておりますわ。当然ではないですか」
「なら、いいんだが……」
「黒崎さん。貴方は大変残酷な方ですわね。もしや、女を苦しめることに快感を覚える性癖でもお持ちなのですか?」
「学校の廊下で、人聞きの悪いことを言うんじゃねえ!」
「ですが、玲奈さんに、恋敵を助けるように依頼するなんて、まともな神経の持ち主には不可能だと思いますわ」
「……」
この女……俺が宝積寺に頼もうとしていることの内容を察して、わざと言葉を遮ったのか……。
だが、俺の発言を予測できるということは、ずっと俺の様子を監視していたということではないだろうか?
「まあ、そのことはよろしいですわ。早く、場所を移しましょう。ここでは目立ちますわ」
そう言って、早見は歩き出す。
こいつ……本当に、俺に詫びるつもりがあるのだろうか?




