第32話 黒崎和己-4
「……納得できないわ」
須賀川が、俺を睨みながら言った。
「何でだよ?」
「あんた……どうして、すぐに眠ったのよ?」
「そりゃあ、色々あって疲れてたからな」
「だからってねえ! 男が女のベッドで寝たら、興奮して眠れないとか、そういうことがあるはずでしょ!?」
「……何事もなくて、良かったと思うぞ?」
「私がお風呂に入ってたのに、覗きたいと思わなかったの!?」
「……覗かれたかったのか?」
「本当にやったら、怒るに決まってるじゃない!」
「だったら、余計なことは考えずに、早く寝るしかないだろ」
「信じられない!」
「……」
一体、どうすれば良かったというのか……?
女というのは理解しがたい生き物である。
「……悪かったよ。だが……今は、早く学校に行こうぜ?」
「……着替えるから、部屋の外に出て。覗いたら、絶対に許さないから」
「ああ」
俺は、部屋から出て、日課になっているメールを送った。
返信がないということは、俺の実家には特に異変がないということだ。
親に会えなくて寂しい、などと思うことはないし、仕送りは続いているので何も問題はない。
俺がメールを送った後で、須賀川が部屋から出てきた。
「あんたも早く着替えて。私はトーストを焼いておくから」
そう言って、須賀川は1階に降りて行った。
朝食の後で、雨の中、俺は須賀川と共に登校する。
その間、須賀川の機嫌が直る様子はなかったので、とても気まずかった。
教室に行くと、平沢が俺に近寄ってきた。
「体調はどうなの?」
「問題ない」
「……そう。また気分が悪くなったら、無理をしないでね?」
「ああ」
平沢が離れると、今度は一ノ関が近寄ってくる。
「昨日は、あれからどうだったの?」
「……俺達は、まだ何もやってない」
そう言うと、一ノ関は顔を顰めた。
「私は、魔法の訓練について、質問しているのだけど……」
「……悪い。昨日は、魔光を生み出すところまでは出来た」
「えっ……?」
一ノ関は目を丸くした。
やはり、僅かな時間で魔光を生み出すのは、信じがたいことらしい。
「本当に……昨日、魔光を生み出せたの?」
「ああ」
「貴方は……天才だわ……」
「まだ、何に使えるかは分からないけどな」
「大丈夫。黒崎君は、大量の魔力を保有しているから。どんな能力でも、必ず役に立つわ」
「そうなのか?」
俺が尋ねると、一ノ関は頷いた。
「さすがに、麻理恵さんほどじゃないけど……私よりは遥かに多いわ」
「……なるほど。俺の魔力量が多いから、お前達は、俺との結婚を嫌がらなかったんだな?」
「私の場合は……それだけが理由じゃないのだけど」
一ノ関はそう言ったが、魔力の量は、こいつらにとって重要な要素であるはずだった。
しかし、それが本当なら、俺はもう少し人気者でも良さそうだが……。
そんなことを考えていると、突然、教室の中が静かになる。
一瞬、先生が入ってきたのかと思ったが、違った。
教室の中に入ってきたのは、宝積寺だ。
一ノ関が怯えたように退く。
宝積寺は、そんな周囲の反応に対して、関心がない様子だった。
いや……あえて、気にしないように努めているのかもしれない。
「……どうした?」
「お弁当を持ってきました。昨日は、お帰りにならなかったので」
「あ、ああ……悪い」
俺は、宝積寺が差し出した包みを受け取った。
宝積寺は、顔から、全ての感情を消している。
一体、何を考えているのか、全く分からなかった。
「……明日もお持ちします」
「いや、無理しなくていいんだぞ? 昼飯ぐらいは、自分で……」
「……ご迷惑でしょうか?」
「いや、迷惑なわけじゃないんだが……」
「でしたら、ご遠慮なさらないでください。私が、やりたくてやっていることですから」
「いや、でもな……」
「失礼します」
宝積寺は、俺の言葉を遮り、頭を下げてから立ち去った。
教室の中の人間は、何事もなかったかのように、会話を再開する。
早見など、俺を蔑むような目で見てくる女子もいたが、面と向かって非難してくる奴はいなかった。
「……怖かった」
一ノ関が、自分の身体を抱くようにしながら、俺に再び近寄ってくる。
「そんなに怯えるなよ」
「宝積寺玲奈は……貴方を手放す気がないのね」
「俺は、あいつの所有物じゃないんだが……」
「御倉沢の男性が、神無月の女性に誘われて、不倫をするのは珍しくない。そして神無月は、それを良しとしているの」
「宝積寺はそういう女じゃない」
「……そうであることを願うわ」
教室に大河原先生が入ってきて、一ノ関は自分の席に戻った。
須賀川も同じことを言っていたので、神無月には、平気で不倫をするような奴が多いことは間違いないのだろう。
だが、宝積寺や北上は、積極的に不倫を楽しむような女には見えないし、早見だって神無月の人間である。
結局は、人による、ということなのだろうと思った。




