第30話 須賀川鈴-4
「!?」
俺は慌てそうになったが、須賀川の言葉を思い出して、手や身体を動かさないようにした。
「あんた、それって……!」
須賀川が叫んだが、俺は何も言えなかった。
手の中の光が消えるまでは、気を散らす余裕がない。
死の恐怖に耐えて、無限に思える時間――実際には、おそらく数秒程度の時間が経つ。
すると、光はしぼんで、消えていった。
少しの間は、そのままの姿勢でいた。
それから、恐る恐る両手を広げ、下ろした後で、急に荒くなった呼吸を整える。
「あんた……なんで勝手に魔光を生み出したりするのよ! 死んだらどうするつもりなの!?」
「魔光を生み出せるようになるためには、何日もかかるはずだろ!?」
「確かに、そう言ったのは私だけど……! もう少し慎重に行動しなさいよ!」
「……」
こいつにだけは言われたくないことである。
しかし、命の危険があったことは確かであり、俺は反論できなかった。
「……あんたって、魔光を生み出そうとしたのは、今日が初めてなのよね?」
「そうだが……」
「だとしたら、あり得ないほどの天才だわ。麻理恵ですら、魔光を生み出すのに何日か必要だったのに……」
「……俺には、そんなに才能があるのか?」
「まあ、習得方法は違うけど……それにしたって、いくら何でも早すぎる。こんなのが、春華さんと同じレベルの天才だなんて……」
「……ハルカさん?」
「あっ……! 何でもないのよ、気にしないで!」
「……宝積寺春華?」
俺は、生徒会長から聞いた、宝積寺の姉の名前を口に出した。
すると、須賀川は全身をビクリと震わせ、俺に跳び付くようにして襟首を締め上げてきた。
「お、おい!?」
「よく聞きなさい! その名前を、御倉沢の人間の前で言わないで!」
「何でだよ!? 宝積寺の姉さんの名前は、生徒会長から聞いたんだぞ!?」
「!」
須賀川は、俺の言葉を聞いて凍り付いたようになり、その場に座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「……全然大丈夫じゃないわよ。やっぱり、雪乃様と吹雪様は、仲が悪かったのね……」
「ユキノ様……?」
「……気にしないで。それと……このことは、誰にも言わないで。香奈や水守にも、よ? 分かったわね?」
「……分かった」
色々と疑問に思ったことはあったが、須賀川の態度は、俺に質問を許さなかった。
元々、須賀川は俺に対して好意的だったわけではない。御倉沢の命令に従って行動しているだけだ。
質問ならば、一ノ関か蓮田にした方が、答えが返ってくる可能性は高いだろう。
「……そろそろ、お腹が空いたでしょ? 何か、食べたい物はある?」
「何でもいいんだが……」
「……そう。じゃあ、パスタでいいわね?」
そう言って、須賀川はキッチンに向かった。
こいつ……料理なんて出来るのか?
鍋を爆発させたりしないだろうな?
そんなことを考えてしまった。
「はい、どうぞ」
「……」
俺は、出されたパスタを見て言葉を失った。
酷かったからではない。店で出てくるような、綺麗な盛り付けだったからだ。
「どうして意外そうな顔をするのよ……?」
「いや……」
「あんた……私には、料理なんてできないと思ってたでしょ?」
「……家庭的なタイプには見えないからな」
「酷いわね。それが結婚したばかりの妻に対して言うことなの?」
「……悪い」
俺は、パスタをフォークに巻き付けた。
それを口に入れてみると、茹で加減も味付けも、丁度良い。
芯が残っている、といったことや、変な調味料が入れてある、といったことはないようだ。
須賀川は、俺の反応が不満である様子で、こちらを睨みながら、自分のパスタを口に運ぶ。
その様子を見て、俺は違和感を覚えた。
「なあ、須賀川」
「何よ?」
「お前……ダイエットでもしてるのか?」
須賀川は、やたらと小さな皿に、自分のパスタを盛り付けていた。
しかも、そのパスタには、俺のパスタにはかかっている、チーズが使われていない。
カロリーは相当低いはずである。
「私が、男と同じ量を食べるはずがないでしょ?」
「それにしたって少ないだろ……。お前は、これ以上痩せる必要はないと思うぞ?」
「ちょっと……栗橋みたいなことを言わないでよ……」
「……栗橋?」
「うちのクラスの委員長よ。女子の身体に強く執着してる子で、栗橋が決めた基準より少しでも痩せたら、きちんと食事をしなかった理由について、しつこく問い詰められることになるわ」
「……平沢や北上とは、随分とタイプが違うな……」
「それでも、花乃舞では一番まともな子よ」
須賀川がそう言ったので、俺は矢板を思い浮かべた。
大河原先生はともかく、花乃舞には、ああいう奴が多いのかもしれない。
「私は、最低限の体重は維持しているわ。これ以上痩せたら、栗橋に文句を言われるもの」
「……その量で足りるのか?」
「これでも、無理して食べてるのよ? 果物なら、いくらでも食べられるんだけど……」
「果物?」
「異世界には、あらゆる栄養が含まれている、リンゴに似た果物があるの。異世界人は、誰もがその果物を欲するのよ。その血を受け継いだ私達の中には、果物が好きで、他の物はあんまり食べられない人が多いってわけなの」
「……」
この世界には、異世界のような、都合のいい果物は存在しない。
そのせいで、こいつらは、栄養の摂取方法に悩んでいるということか……。
「でも、どうしてあんたが、そんなことを気にするのよ? 外の男って、なるべく痩せてる女の子が好きなんでしょ?」
「それは完全な誤解だ」
「えっ、そうなの?」
「痩せすぎた女は、魅力的には見えないからな。女の身体は、柔らかいから魅力的なんだ」
「……変態?」
「何でだよ!?」
「ひょっとして……そう言って、宝積寺にも色々と食べさせたわけ? あんたって、結構残酷なことをするのね」
「俺は、宝積寺に何かを無理矢理食わせたことなんてねえよ! そもそも、あいつは、俺の前では絶対に飲み食いをしないからな」
「そうなの? あいつ、最近は血色が良くなって、以前よりも健康そうに見えるけど?」
「理由は分からないんだが……宝積寺は、俺に、何かを食べてるところを見られたくないらしい。せめて水くらいは飲むように勧めても、断られるんだよな……」
「……」
須賀川は、愕然とした様子だった。
そして、深々とため息を吐く。
「私、初めて宝積寺に同情したかも……」
「何でだよ?」
「理由は自分で考えなさい」
そう言って、須賀川はパスタを口に運んだ。
結局、俺の疑問は解消されないまま、食事が終わった。
「落ち着いたら、お風呂に入りましょう。あんたが先でいいわ」
「……いいのか?」
「いいって言ってるでしょ? でも……湯船の中で、身体を洗ったりしないでよね?」
「しねえよ!」
どうやら、俺達はお互いに対して、強い偏見を抱いているようだ。
俺は、須賀川に、男性用の宿泊セットを用意してもらう。
中には、ホテルに備え付けてあるような浴衣とタオル、そして男性用のトランクスが入っていた。
それを持って行き、脱衣所で服を脱いで袋に入れ、浴室の扉を開ける。
中から、何者かが飛び出してきた。




