第29話 須賀川鈴-3
「今後のことも、ある程度は決められたから……そろそろ、黒崎君が魔法を使うための指導を始めたいんだけど、いいかな?」
蓮田に言われて、俺は頷いた。
「構わないが……一度、家に帰ってもいいか? 他人の家に泊まるなら、それなりに準備が必要だからな……」
俺がそう言うと、女子達は3人で顔を見合せてから、須賀川が言った。
「その必要はないわよ。時間が勿体ないし、宝積寺と顔を合わせたら嫌でしょ? 旅館に置いてあるような物だけど、男が着るための服もあるから」
「御倉沢は、わざわざ、そんな物まで用意しているのか?」
「いいでしょ、便利で?」
「ところで……ひょっとして、お前も一人暮らしなのか?」
「そうよ。私の両親は、もう30歳を超えてるもの。魔素が身体に溜まりやすくなってるから、この町には住めないわよ」
一ノ関は、一人暮らしについて、この町では珍しくないと言っていた。
ずっとこの町に住んでいるはずの、一ノ関や宝積寺が一人暮らしをしていることが、気になっていたのだが……どうやら、魔素が原因となる病気に罹らないための措置らしい。
「ちなみに、香奈も一人暮らしだけど……変なことをしてもいいと思わないでよね?」
「しねえよ!」
「鈴、大丈夫よ。黒崎君には、そんな度胸はないわ」
「一ノ関……お前、褒めてないだろ……」
「……気のせいよ」
一ノ関は、目を逸らしながらそう言った。
俺は須賀川の家に行った。
といっても、須賀川に連れられて、100メートルほど離れた家に行っただけである。
「この辺りには、御倉沢の人間の家だけがあるのか?」
「そうよ。香奈の家はあっち」
須賀川はそう言いながら、一ノ関の家とは反対の方向を指差した。
この環境だと、俺が誰の家を訪れたのか、すぐに知れ渡ってしまうかもしれない。
俺も御倉沢の人間らしいので、いずれはこのエリアに引っ越すことになるのかもしれないが……ここで暮らすことは、できれば遠慮させてもらいたいと思った。
須賀川の家は、一ノ関の家と同じ造りだった。
一ノ関の時と同じように、リビングへと通される。
「早速だけど、魔法を使う練習をしましょう。まずは、魔力を放出して、魔素と反応させる練習をして、魔光を生み出せるようになってもらうわ」
「分かった。だが……その前に、お前は着替えてこい」
「え、どうして?」
「……普通は、そうするものなんだろ?」
「そんなことはないと思うけど……ひょっとして、宝積寺がそうしてるから?」
「まあ、そうだが……」
「……分かったわよ。でも……覗かないでよ?」
「どうして、そういうことばっかり心配するんだよ、お前は……?」
須賀川が部屋を出ていった。
俺は、部屋の様子を確認する。
特に変わったところのない部屋だ。
いや……物がないことが、変わっているところだと言えるだろう。
一ノ関も須賀川も、家に物を増やさない決まりでもあるのだろうか?
「お待たせ」
着替えた須賀川が戻ってきた。
白いTシャツと青いミニスカートという、非常にラフな格好である。
「……何だか、不満そうね? まさか、私があんたのために、綺麗に着飾るとでも思ったの?」
「いや……」
べつに不満だったわけではない。
おそらく、こちらの方が普通であり、宝積寺は気を遣いすぎなのだろう。
それにしても……須賀川のサイズだと、Tシャツだけでは、胸が目立って仕方がないのだが……。
本人が気にしていないのであれば、指摘するのは、やめた方がいいのかもしれない。
「じゃあ、早速だけど……床に座って」
「ああ」
俺は胡坐をかいた。
すると、須賀川は、面と向かって正座する。
近い距離で向き合って、少し気まずい気分になった。
だが、須賀川は平然とした様子である。
「両手を前に出して、重ねて」
「……こうか?」
俺が合掌すると、須賀川は頷いた。
「そう。その手を広げて、間に空間を作るの。そこには、目に見えないけど、魔素が存在しているわ。だから、両手から魔力を流し込めば、魔光を生み出すことができるのよ」
「……魔光とやらを生み出して、それをどうするんだ?」
「どうもしないわよ。まずは、魔光を生み出さないと魔法が使えないから、そのための訓練だけを進めるの。生み出した魔光は、数秒経てば消えるから安心して」
俺は、言われたとおりに、合掌していた両手を広げた。
それから、須賀川が、俺の両手を挟むように手を重ねる。
すると、俺の両手の間にある空間に、金色の光が現れた。
須賀川が、ワニと戦っていた時に放っていたのと同じものだ。
「今、私は魔力を放出して、あんたの手を通してから魔素と反応させてるの。これを繰り返せば、あんたも自然と魔光を生み出すことができるようになる、ってわけよ」
「驚くほど簡単だな……」
「そうね。その代わり、生み出す魔光の量の加減を体感できないから、慣れないうちは暴発するリスクがあるけど」
「……!?」
「ちょっと、手を動かさないで! 危ないじゃない!」
「いや、危ないって言うなら、お前だって危ないことをしてるだろ! 魔光が暴発って……もしそうなったら、一体何が起こるんだよ!?」
「何が起こるのかは、現時点では分からないわよ。それは、あんたがどういう魔法を使うかに左右されるから」
「お前……何が起こるか分からないようなことを、俺にさせるつもりか!?」
「大袈裟ね。そもそも、制御できなくなるほどの魔光を生み出すほどの魔力なんて、あんたにはないわよ」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫よ。もしも、予想以上の魔光が発生しても、慌てずに、じっとしてれば問題ないわ。魔光が自然に消滅するまで、待てばいいだけだから」
須賀川は、軽い口調で言った。
しかし、俺はさらに不安になった。
この女には、平沢に止められていたのに、俺に喧嘩を売るような言動をした前科がある。
あの時は、一ノ関のために、つい怒ってしまったのだと思ったのだが……実は、須賀川には、リスクを正確に認識する能力が、乏しいのではないだろうか?
「ちょっと……そんなに睨まないでよ。私が生み出した魔光に集中して」
「……ああ」
俺は、自分の手の間を見る。
そこには、ぼんやりとした、金色の光が生み出されていた。
その光は、しぼむように消えていき、ほんの数秒で消滅する。
須賀川は、その光を生み出しては消えるのを待つ、という作業を繰り返した。
「どう? 自分でも出来そうなイメージが湧いてきた?」
「ああ。結構簡単そうだからな」
「……そう言われると、ちょっと嫌な気分になるわね。魔力を放出したり、魔光を生み出したりするのには、かなりの練習が必要なんだからね?」
「いや、さすがに、本当に簡単だと思ってるわけじゃないんだが……」
須賀川が手を離したので、俺は先ほどと同じ手の形を作った。
そして、手の間に、念力を放つようなイメージをする。
俺の手の間に、強い金色の光が発生した。




