第2話 宝積寺玲奈-1
「……!」
昇降口まで行って、俺は見慣れた人影を目にした。
この学校の女子の制服である黒いブレザー。
平沢と同様の、清楚さを感じさせる、膝下まである長めの黒いスカート。
白いブラウスに、俺と同じ1年生であることを示す赤いネクタイ。
真っ直ぐに伸ばした長い黒髪に、高校生にしては子供っぽい、大きな赤いリボンを結んでいる。
先ほどまで話題になっていた女――宝積寺だ。
「お前……ずっと待ってたのか?」
「……はい」
「先に帰れって、メールを送っただろ? 読まなかったのか?」
「……読みました」
「それなのに、待ってたのか……」
「……ご迷惑でしたか?」
「いや……」
そういえば、1人で出歩くな、と昨日言われたばかりである。
そんなことを言った本人が、俺を置いて行くはずがない。
しかし、これでは、恋人同士だと言われても否定できない。
本当は……俺達の関係は、そんなに甘いものではないのだが……。
「……帰るか」
「はい」
校舎を出て、俺達は並んで歩き出した。
そして、いつもどおり、宝積寺の方が少しだけ後ろを歩く形になる。
しばらく無言で歩いた後で、俺は切り出した。
「やっぱり、俺がお前の家に行くのは、やめた方がいいんだろうな……」
「……!」
俺の言葉を聞いて、宝積寺は動揺した様子を見せた。
そして、悲しそうな表情を浮かべる。
捨てられた子犬のような目で、俺を見るのはやめてほしい。
初めて会った頃のお前はどこへ行ったんだ、と尋ねたくなる。
「平沢に忠告されたんだよ。俺とお前が……一線を越えたんじゃないかと思われてるって」
「麻理恵さんが……?」
宝積寺は、少しショックを受けたような顔をした。
平沢は、いい加減なことを言う人物ではない。
それは、宝積寺だってよく知っているはずだ。
あいつがそんな忠告をするということは、そういう噂が、かなり広まってしまったと考えるべきだろう。
「そういうのは、お前だって困るだろ?」
「……他の人から、どう思われるかなんて……気にしません」
宝積寺の言葉を聞いて、俺は驚いた。
初めて会った頃のこいつは、他人から普通でないと思われることを、激しく恐れているように見えたからだ。
「本当にいいのか?」
「はい」
「……まあ、お前が勉強を教えてくれると、俺は助かるけどな」
「ありがとうございます」
「礼を言うべきなのは、俺の方だと思うんだが……」
「……すいません」
「……」
宝積寺は、俺に対して、やたらと献身的だ。
こいつは、昼の弁当だけではなく、朝食も夕食も、俺の家に作りに来るとまで言ったのである。
さすがに悪いと思い、最初は断ったのだが、徐々に、宝積寺の料理を食べる頻度が増えてきていた。
この女が、こうなってしまった原因は明らかだった。
俺が、こいつに対して、軽率な発言をしてしまったからである。
それ以来、宝積寺は俺に対して、異常なほど執着するようになった。
俺の言葉で、宝積寺が救われたことは事実なのだろう。
だが、今の俺達の関係が、本当に良いものなのかは分らない。
そういう意味では、平沢が俺達のことを危惧するのも当然だと思えた。
1つだけ言えることは、今すぐに宝積寺を見捨てるわけにはいかないということだ。
放り出したら、この女は何をするか分らない。
宝積寺には、そういう危うさがあった。