第286話 御倉沢吹雪-13
「お邪魔いたします」
気まずい空気を打ち破るように、聞き慣れた声がした。
「早見……!?」
「アリスさん……?」
驚いていると、部屋の中に、制服姿の早見と栗橋、雅が入ってきた。
早見は、宝積寺がいることを確認すると、目を輝かせた。
「まあ! 玲奈さん、お会いできなくて寂しかったですわ!」
そう言いながら、早見は宝積寺を抱き締めた。
今までよりも遠慮のない行為に、宝積寺は困った顔をしたが、悩んだ後で早見の頭を撫でた。
「玲奈さんの優しさが身に染みますわ」
「……命を助けていただいたことには、感謝しています。ですが……離れてください」
「そう仰らないでください。私と玲奈さんの仲ではありませんか」
「いきなり相手を抱き締めるような関係ではないと思います……」
「お前……宝積寺を抱き締めるために、わざわざここまで来たのか?」
俺がそう言うと、早見はこちらを一瞥してから言った。
「あら、お忘れですか? 9年後に備えて、黒崎さんは訓練を続けるお約束でしょう?」
「忘れてはいないが……」
「アリスさん……! 黒崎さんを、次の戦いにまで巻き込むつもりですか!?」
「誤解なさらないでください。黒崎さんが、異世界人に狙われた時のための備えですわ」
「へえ……」
大河原先生は、俺のことを白い目で見た。
俺達の訓練が水着姿で行なわれていることを、先生は知っているのだ。
「和己さんは、頑張っていらっしゃるのですね。勉強と、美樹さんのお仕事の手伝いだけでも大変だというのに」
芽里瑠さんは、とても感心した様子だ。
俺が早見のビキニ姿を凝視していることを知っても、同じ反応をしてくれるのだろうか……?
「……アリスさん、そろそれ離れてください」
「そう仰らずに。こうしていると、幸せな気分になるでしょう?」
「いい加減にしてください。離れていただかないと……アリスさんの頬にキスしてしまうかもしれませんよ?」
「……」
それは、早見にとっては絶交の申し出である。
早見は、悲しそうな顔をしながら、宝積寺から離れた。
こいつ……宝積寺が退学して寂しいのは分かるが、さすがにノリがおかしいのではないだろうか?
宝積寺も、早見の様子がおかしいことは気にしているようだ。
「アリスさん、お姉様のお見舞いに参りましょう。お兄様、訓練の日程は梢さんに確認してください」
「では、失礼いたします」
早見は、俺達に頭を下げてから、雅に連れられて部屋から出て行った。
「雅のやつ……早見は、美樹さんに会わせるのか……?」
「それがアリスさんの目的ですから」
栗橋は、淡々とそう言った。
宝積寺は、心配そうな顔をしながら早見を見送った。
「梢さん……学校で、何かあったんですか?」
「……いいえ。アリスさんは、個人的な事情によって悩んでいらっしゃるようです」
「悩んでる? 早見が……?」
「アリスさんだって人間です。悩みがあってもおかしくありません」
「……」
「訓練の日程はメモしておきました。ご確認ください」
栗橋からメモを受け取って、俺と先生は屋敷を後にした。
「黒崎君は、やっぱりアリスがいいのね?」
先生は、ため息混じりに言った。
「いいっていうか……あいつは、ああ見えて、意外と気を遣ってくれるんですよ」
「そうね……。私や玲奈ちゃんと違って、あの子は、最後の一線だけは決して越えないのよね。ちょっと狡いと思うわ」
「先生や宝積寺の言動に、問題があり過ぎるだけだと思いますけど……」
「……黒崎君は、やっぱりアリスの味方なのね」
「いや、早見の味方とかじゃなくてですね……。謝ったとしても、先生の言動が許されないのは当然じゃないですか。長町なんて、ずっと先生のことを恨んでるんですよ?」
「……それは自覚しているわ。あきらちゃんは、私を見る時に、玲奈ちゃんを見る時と同じ目をするのよ……」
それは、間違いなく自業自得である。
そう思ったが、さすがに口には出さなかった。
先生の家に帰ると、思いもよらない人物が俺達を待っていた。
「生徒会長……!?」
「吹雪様……どうして、こちらに……?」
生徒会長は制服姿である。
桃花や矢板と一緒に、学校から直接、この家にやって来たようだ。
いつもは俺を呼び付ける人だというのに……一体、何の用なのだろうか?
この場に、松島がいないことも気になる。
「和己。本日は、貴方に伝えなければならないことがあります」
「俺に……?」
「御倉沢は、宝積寺玲奈のことを、明確に敵だと認定しました」
「……!?」
「いかに私でも、あそこまで酷い言動をされたら、宝積寺玲奈を庇うことなどできません。宝積寺玲奈が御倉沢の敵であれば、あの子と恋愛をしている和己も、御倉沢にとって危険な存在になります」
「……」
意外ではない。
宝積寺は、春華さんが止めなかったら、御倉沢家を皆殺しにするつもりだったのである。
「ですが、貴方は美樹さんの義弟として認められています。我々には、美樹さんを敵に回すつもりはありません。なので、貴方は御倉沢に残すことになりました。連絡係が必要ですから、渚も花乃舞の家に残します」
「あの……松島は、どこにいるんですか?」
「渚は、鈴や香奈を説得しています」
「説得……?」
「詳しいことは、この子に教えてもらいなさい」
そう言って、生徒会長は矢板を指差した。
矢板は、楽しそうな顔をしながら話す。
「私は、約束どおり、花乃舞の空き家を用意したのよぉ。逢い引きに使えるようにねぇ」
「……そういえば、そういう話だったが……この状況で?」
「そうねぇ。私は場所を用意しただけで、誰も来ないかもしれないんだけどぉ。それは私の責任じゃないから、恨まないでねぇ?」
「……」
「それとぉ、水守ちゃんと雫ちゃんから、黒崎君の様子を尋ねられたから、貴方達に会えなくて寂しそうだって伝えておいたわぁ」
「……!」
「2人とも、嬉しそうな顔をしてたわよぉ? これで、御倉沢の子と黒崎君の関係が続いたら、私の功績よねぇ?」
得意げな矢板に、今度ばかりは心から感謝した。
最近は、色々なことがありすぎて、御倉沢の女子のことまで考えられなかったのである。
もしも、こいつが、俺は先生に夢中だなどと言ったら、一ノ関たちから嫌われていただろう。
「御倉沢にとって、あの子達と和己の関係が続くことは、子孫を残していくために必要です。今のうちであれば、先日の集会の前に妊娠していたと言って誤魔化すことが可能ですから、当面はその子の手助けを受けながら密会しなさい。和己、貴方は矢板円の言動を水に流して、友達として仲良くしてあげなさい。それ以上の関係になることについても、花乃舞が問題としないのであれば止めません」
「吹雪様、ありがとうございますぅ」
矢板は生徒会長に頭を下げた。
それから、俺に対して、意味ありげに笑いかけながら言った。
「今度、一緒に遊ぼうねぇ?」
「……そうだな」
「矢板円、関係の強要は許しませんからね? 和己に乱暴なことをしたら、厳罰に処します」
「はぁい」
「矢板……ありがとな」
「いいのよぉ。一緒にお風呂に入った仲でしょぉ?」
「……お前は余計なことを言うな」
「矢板円……貴方は、和己のプライバシーを守りなさい。友達ならば、そうするべきです」
「はぁい」
「用意させた家への案内は、大河原桃花に任せます。誰が来たのかは、決して口外してはいけませんよ?」
「かしこまりました。お兄ちゃん、行こう?」
「ああ」
話をまとめて、俺と桃花は出発した。




