第283話 大河原桜子-26
ちなみに、この屋敷にいるメンバーのうち、藤田先輩だけは、俺との混浴を断固として拒否した。
十条先輩によると、藤田先輩は自分の身体が幼児体型であることを気にしているため、男性との混浴を常に拒絶しており、十条先輩以外の女性との入浴も嫌がるらしい。
結果的に、大河原先生は俺と混浴することにして、松島は藤田先輩や十条先輩と一緒に入浴することになった。
人当たりが良く、礼儀正しい松島は、藤田先輩と打ち解けることに成功したのである。
松島は、俺が望むのであれば混浴しても構わないと言ったが、俺の方から遠慮させてもらった。
矢板と桃花と先生だけでも限度を超えているのに、花乃舞の人間ではない松島まで加わったら、正気を保てなくなるかもしれないからだ。
「円さん……。お兄ちゃんと混浴しない方がいいことは、お姉ちゃんだって理解してるんです。でも、私達を野放しにするなんて、受け入れられないのは当然だと思います」
「私、黒崎君に乱暴なことはしないよぉ? 疑ってるとしても、桃花ちゃんがいれば充分でしょぉ?」
「あのねえ……。桃花しかいなかったら、貴方は黒崎君を誘うような言動をするに決まってるじゃない。板挟みになったら、桃花が可哀想よ」
先生は、矢板を白い目で見ながら言った。
「そんなことしないよぉ。でも、女の子に甘えられたら、男の子なら嬉しいよねぇ?」
そう言いながら、矢板は俺に寄りかかるようにした。
飛び上がりそうになったが、俺は平静を装った。
「ちょっと、言ったそばから……!」
大河原先生は、矢板の行動をとがめた。
「やだ、桜子さんったらぁ。仲良くなるのは、私と黒崎君の自由でしょぉ?」
「……貴方の言動には下心があるのよ」
「そんなの、あるに決まってるわよぉ」
「……」
「円さん……お兄ちゃんを誘惑したら、宝積寺先輩に怒られますよ?」
「大丈夫よぉ。花乃舞の文化なんだから、玲奈ちゃんは邪魔しないわぁ」
「そうだったらいいんですけど……」
「私は、玲奈ちゃんだけは敵に回さないわよぉ。私には姉も妹もいないから、玲奈ちゃんは、私を殺すことを躊躇しないはずだものぉ」
「……そういえば、お前は、宝積寺の悪口だけは言わないようにしてたんだよな?」
「当たり前でしょぉ? 玲奈ちゃんを敵に回すなんて、命を捨てるようなものだものぉ」
「貴方って、そういうところだけは、しっかりと考えてるのよね……」
先生は、矢板を白い目で見た。
「それだけじゃないわぁ。梢ちゃんは玲奈ちゃんのことが好きだから、私なりに気を遣ってたのよぉ」
「本当に気を遣えるなら、周囲の人間に喧嘩を売るような言動をするなよ……」
「え~? だって、思ったことは口に出しちゃった方がいいでしょぉ?」
「……言っておくが、俺が美樹さんの弟になる前の、お前の言動については許してないからな?」
「やだぁ。黒崎君の良さって、女の子に優しいことと、心が広いことでしょぉ?」
そう言いながら、矢板は俺の腕に抱き付いてきた。
「……!?」
思わず逃げようとしたが、矢板の腕力の方が、俺よりも遥かに上である。
拒絶しようとしている俺に対して、矢板は構わずに引き寄せようとしてくる。
「ちょっと、円……! 乱暴なことはやめなさい!」
「乱暴なことなんてしてないよぉ? 女の子が、身体で誠意を伝えようとしてるだけだもぉん」
「拒否する力のない男の子に、そういうことをしては駄目よ! 黒崎君が吹雪様に訴えたら、本当に処刑されかねないのよ!?」
「……黒崎君、そんなに嫌なのぉ?」
矢板は、悲しそうな顔でこちらを見た。
間違いなく演技なのだが、さすがに、この状況で百叩きを宣告する気にはなれない。
「……とりあえず、離れろ」
「はぁい」
矢板は、ようやく俺から離れた。
……ちょっと名残惜しい。
こいつは、身体だけなら文句を付けられないレベルなのだ。
そんなことを考えていると、反対側から、桃花が矢板と同じように抱き付いてくる。
「お、おい!?」
「円さん、お姉ちゃんの前でお兄ちゃんを誘惑したら駄目ですよ? 『闇の巣』が閉じて、これから、やっと2人の本格的な関係が始まるんですから」
「分かってるわよぉ」
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんを大事にしないと駄目だからね? それに、感謝もしないと駄目だよ? 宝積寺先輩が無事だったのは、お姉ちゃんのおかげなんだから」
「はあ……?」
こいつは……何を言ってるんだ?
全く心当たりがない話である。
「ちょっと、桃花……!」
「別にいいでしょ? 楓さんは、もう外に行っちゃったんだし」
「そうだけど……」
「多賀城先輩……ですか?」
意外な名前だ。
一体、多賀城先輩が何だというのか?
「楓さんは、宝積寺先輩が百合香さんを殺そうとした時に、隙を突いて宝積寺先輩を殺そうとしてたんだよ。それを止めたのがお姉ちゃんだったの」
「!?」
多賀城先輩が……宝積寺を殺そうとした!?
あの時、そんなことが起こっていたなんて、全く気付かなかった。
「桃花……それは、ちょっと誇張していると思うわ。美樹さんは、楓がやろうとしていることに気付いていたのよ。実行しようとしたら、美樹さんが止めたはずだわ。だから、先に私が止めたの」
「そう? お姉ちゃんは、必死で止めてるように見えたけど?」
「だって……楓に人殺しなんて、やらせちゃいけないでしょ? そんなことができる子じゃないんだから。もし成功しても、後悔で頭が一杯になって、おかしくなるに決まってるわ。ましてや、玲奈ちゃんは春華さんと美樹さんの実の妹なのよ?」
「……先生。多賀城先輩の性格はともかく、あの人に、宝積寺を殺せるほどの能力があったんですか?」
「それは……」
「あるよぉ? 楓さんって、空間を操る魔法が使えるからぁ」
言い淀んだ先生の代わりに、矢板が答えた。
「空間を……操る……?」
「そう。楓さんの手元と玲奈ちゃんの後ろの空間をつないだら、首筋を刺すことだってできるんだから。その魔法のことを知らなかったら、玲奈ちゃんだって防げないわよぉ」
「……!?」
多賀城先輩は……そんな、特殊な魔法を使うことができたのか!?
だったら、宝積寺の隙を突いて殺すことだってできるだろう。
多賀城先輩の魔法について、秘密を明かしても良いかを迷っている様子だった先生は、ため息を吐いてから言った。
「玲奈ちゃんだって、自分の敵になるかもしれない相手が、特殊な魔法を使うかもしれないことは認識していたはずなのよ……。それなのに、この町の全員を敵に回すような言動をするなんて……理解できないわ」
「きっと、自暴自棄になったんだよ。梅花様も春華さんの妹だって知ったから、生きていくための心の支えを失ったんじゃないかな?」
「……」
まさか、俺が宝積寺や百合香さんに注目している間に、そんなことが起こっていたなんて……。
それにしても……多賀城先輩に、宝積寺を殺す動機があるとは思えない。
百合香さんと同じように、危険人物を排除しようと考えたのか……?
「ひょっとして……多賀城先輩の、イレギュラーの時の記憶が消えたのって、嘘だったんですか?」
「それはないと思うわ。でも……玲奈ちゃんが危険な存在だっていうことは、ずっと意識していたんでしょうね」
「……」
答えは出なかった。
とりあえず、俺は桃花の頭を撫でてから離れてもらった。
そして、自分も撫でてほしいと思っている様子の矢板は無視した。




