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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第278話 小金井芽里瑠-2

「私は、美咲ちゃんだったら、いいリーダーになれると思うわ」


 今まで、話に付いていけない様子だった麻由里さんが、ニコニコと笑いながら言った。


「姉さんは余計なことを言わないで!」

「怒らないで。美咲ちゃんがみんなをまとめてくれたら、今よりも仲良くできるでしょ?」

「仲良くなったらいいわけじゃないのよ!」

「でも、異世界から来る人だって、美咲ちゃんからお友達になりたいって言われたら、断らないと思うのよ」

「そんなわけがないでしょ!? 異世界人は、この世界の人間を見下してるんだから!」

「麻由里。あまり麻理恵を困らせるな」


 水沢さんは、麻由里さんを説得するように言った。

 この人にとって、麻由里さんは、自分の娘よりも手のかかる存在なのかもしれない。


「麻由里さんが仰っている未来は、私たちが望んでも実現できなかったものです」

「美樹さん……!?」


 予想外に肯定的な美樹さんの発言に、平沢は驚愕した。


「麻理恵さん。私や春華さんが、玲奈さんに対して、敵を殺すことを禁じなかった理由がお分かりですか?」

「それは……状況によっては、どうしても敵を殺すことが避けられないからでしょうか?」

「違います。私や春華さんには、その命令を下す覚悟がなかったからです」

「覚悟……ですか?」

「はい。玲奈さんの殺人を禁じた結果として、玲奈さんや、この町の方々に被害が生じてしまったら、必ず後悔します。それならば、殺人という手段であっても排除するべきではない……それが、私と春華さんの判断です」

「……」

「ですが、美咲さんは違います。あの方には、本心から、どのような理由があっても殺人を許容してはならないと考えています。それによって、最悪の結果になったとしても、その結果を背負う覚悟をしていらっしゃいます。私も含めて、他の誰かがリーダーになったとしても、真似することはできないでしょう。ひょっとしたら、美咲さんは、この町のリーダーとして春華さんよりも相応しいのかもしれません」

「……お言葉ですが、美咲さんの覚悟というのは、ただの理想論なのでは……?」

「否定する方の気持ちも理解できます。しかしながら、敵は全て殺すべきだという考えも、好ましいものではないはずです。特に、敵の範囲が極端に広い場合には……」

「……」


 平沢は、宝積寺の方に目をやってから、再び黙り込んだ。

 こいつ自身が宝積寺を恐れていたので、美樹さんに反論できないのだろう。


 宝積寺は、積極的に「敵」を殺そうとする。

 そして、宝積寺にとっての「敵」の候補者には、この町の住人の多くも含まれている。


 もちろん、「異世界人のうち、どうしても殺さなければならない敵だけ殺せ」といった、大半の人間がまともだと感じるような命令を下しても、宝積寺は決して従わないはずだ。

 というより、宝積寺にとっては、命乞いをする人物や両腕を失った人物、気を失った人物であっても、全員が「どうしても殺さなければならない敵」なのである。


 宝積寺による殺人を完全に否定するためには、一切の例外なく、敵を殺すことを禁止できる人物が従えるべきだ。

 それが桐生なのだとしたら、確かに、神無月のリーダーとして最も適任なのかもしれないのである。


「美樹……! お前は、本気で桐生美咲を支持するつもりなのか!?」


 激昂した花乃舞梅花から問われて、美樹さんは悲しそうな顔をした。


「梅花様……ご理解ください。神無月の代表者が美咲さんになれば、花乃舞との関係は良好になるはずです」

「そのようなことは関係ない! 桐生美咲が、宝積寺玲奈を支配できる保証がどこにある!? それに、宝積寺玲奈を従えることを目的としてリーダーを選ぶなど……御三家を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「梅花様……」

「この町のことは、美咲ちゃんと玲奈ちゃんに任せてもよろしいではありませんか」

「!?」


 唐突に発言した人物に、皆が注目した。

 笑顔を浮かべているのは、発言した人物――芽里瑠さんだ。


「最初から分かっていたことです。強い人には逆らえません」

「芽里瑠……! お前は……どういうつもりだ!?」

「申し上げたとおりです。強い人には従うしかありません。梅花様はとても賢い御方ですから、本当は理解していらっしゃるはずです」

「ちょっと、芽里瑠……!」


 大河原先生や、他の花乃舞のメンバーは、大半が慌てた。

 その中で、藤田先輩は立ち上がり、芽里瑠さんに歩み寄った。


「あら、萌ちゃん」

「お姉ちゃん……そんなことを言ったら駄目!」


 かなり怒っている様子の藤田先輩に、芽里瑠さんは微笑みかけた。


「萌ちゃんは、とっても立派になりました。貴方であれば、これからの花乃舞を任せられますね」

「私たちは梅花様を支えるの! 他の家のことなんて関係ない!」

「萌ちゃん、落ち着いて」


 十条先輩は、藤田先輩を後ろから抱き締める。

 そのやり取りを、周囲は困惑した様子で見ていた。


「……姉妹喧嘩なら後でやれ」


 花乃舞梅花は、呆れたように言った。


「梅花様。花乃舞家は我々の心の支えです。しかしながら、玲奈ちゃんの気まぐれで、我々は滅ぼされていたかもしれないのです。そのことは、認めなければなりません」

「花乃舞の殲滅など……お姉様が認めるはずがない!」

「そうですね。春華さんがいらっしゃれば、そうです」

「……」

「私は、幼い頃から玲奈ちゃんとの接点があったので、玲奈ちゃんが現在の体制を支持していないことは、ずっと前から察していました。なので、春華さんが外に行ってから、玲奈ちゃんが大人しくしていることが不思議だったのです。屋敷の外のことが分からなかったので、今までは、美樹さんやあかりさんに遠慮しているのだと思っていたのですが……まさか、『現状維持が望ましいから』だなんて。情けないではありませんか」

「……」

「玲奈ちゃんにとっては、私達の命なんて、何の価値もないものなのでしょう? そうであれば、我々にできることは限られています。負けを認めて、大人しく従うしかありません。美咲ちゃんが玲奈ちゃんを従えることができるなら、美咲ちゃんに従うべきです」


 花乃舞梅花は言葉を失い、宝積寺は芽里瑠さんのストレートな発言に困惑している。

 そして、この場にいる多くのメンバーが愕然としていた。


 花乃舞は、建前を嫌うらしい。

 しかし、ここまで明確に敗北を認めるなど、あってはならないことだろう。


 芽里瑠さんの発言を肯定したら、花乃舞は宝積寺に服従するしかなくなるからだ。


「これで、花乃舞は終わりかもしれませんね」


 俺の近くで、誰かが呟くように言った。


 その直後。

 突然、雅が立ち上がり、刃物を抜いた。

 そして、宝積寺に突進して襲いかかった。


「!?」


 宝積寺は、反射的に雅の腕を掴み、手刀で叩いた。

 雅の腕が、通常ではあり得ない曲がり方をする。


「……!」


 雅は、悲鳴を上げることすらできずに倒れ込み、折れた腕をもう片方の手で押さえた。


「雅ちゃん……どうして……!?」


 さすがに、美樹さんの妹である雅に襲われることは想定していなかった様子で、宝積寺は叫んだ。

 宝積寺と敵対関係になっている人物は少なくないものの、宝積寺に対して好意的な美樹さんの意向に従うはずの雅は、敵ではないと認識していたはずである。


 宝積寺や、他のメンバーが混乱している隙を突いて、俺は内ポケットからナイフを引き抜いた。

 この集まりの前に、雅から渡された物だ。


 そして、雅から事前に指示されたとおりに、宝積寺に向かって全速力で突進した。

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