第274話 宝積寺玲奈-28
不満そうな花乃舞梅花を、宝積寺は厳しい顔で睨んだ。
「美樹さんは悪くありません。悪いのは、考えが足りなかった花乃舞です。この世界の人間が異世界に行ったら、この世界には魔素が乏しいので、移住すれば長生きできることが明らかになってしまうではありませんか。異世界よりも遥かに長生きできると知ったら、この世界に住みたいと考える者が現われるはずです。なるべく長く生きたいという願望は、異世界人にだってあると聞いています」
「……」
「それに、この世界には男性が数多く存在します。それを知られたのは致命的でした。今後、男性を襲うことを目的とした異世界人が、次々と押し寄せて来るに違いありません。異世界では、こちらの世界の情報を、なるべく隠しているようですが……いずれ、情報が流出することは確実です。その時期が9年後なのか、100年以上先の未来なのかの違いです」
宝積寺の言葉で、俺はファリアのことを思い出した。
この世界で、男である俺を誘拐し、一ノ関たちを殺そうとしても平然としていた。
あんな女が何人も来たら、この世界の男は大変なことになるだろう。
いずれ、魔女が襲来する……。
そのことに対する備えは、確かに必要だ。
「私たちは、戦うための訓練をしているわ。好き勝手に生きてる神無月の人間なら、尻尾を巻いて逃げ出すと思うけど……一緒にしないでほしいわね」
大河原先生は、宝積寺の言葉に納得できない様子だ。
しかし、宝積寺は首を振る。
「花乃舞では、人を殺すための訓練を積んでいます。ですが、人を殺しても平気なわけではありませんよね?」
「それは……」
「お姉様は、この町の住民が、花乃舞のような訓練をすることについても恐れていました。どれほど訓練しても、悲惨な殺し合いをすれば、精神を病んでしまうリスクが高いからです。お姉様ご自身も、人を殺すことのできない方ですので、殺人に抵抗のある人が手を汚すことは、あってはならないことだと考えていらっしゃいました」
「でも……だったらどうするのよ?」
「私が先頭に立って戦います。私であれば、異世界人を100人殺しても、1000人殺したとしても、精神を病むようなことはありません。死体の山を積み上げても、笑っていられる自信があります」
「……」
この場にいるメンバーの多くが、宝積寺のことを怯えた目で見た。
普通の人間にとっては、宝積寺こそが最大の脅威なのである。
「1000人って……いくら玲奈ちゃんでも、勝てるとは思えないわ。勝てると仮定しても、もっと多くの異世界人が襲来したら、どうするつもりなのよ?」
「私は死を恐れていません。想定を上回る規模で異世界人が襲来したら、皆さんを逃がすために、命を捨てる覚悟はできております」
「……おかしいじゃない。私には、御三家の当主の方々すら馬鹿にしている貴方が、この町のために命を捨てる理由が分からないわ」
「私は、この町の方々を決して見捨てません。そうでなければ、お姉様の構想は成り立たないからです。たとえ、傍にいるのが、この町で最も嫌いな人であったとしても……」
そのタイミングで、宝積寺は神無月先輩のことを見た。
神無月先輩は、さすがにショックを受けたような反応をした。
「……私は、必ず助けます。それが、お姉様との約束ですから」
「その言葉を信じたとしても、玲奈ちゃんが戦えるのは9年後までなのよ? 貴方がどれほど強くても、いなくなったら話にならないわ」
「だからこそ、本当に戦うことのできるメンバーを揃えて、異世界人の襲来に備える必要があるのです。それができるのは、家の垣根を越えて率いることのできる者でなければなりません。御三家の人間には不可能なことです」
「……」
先生は、宝積寺の意見に懐疑的な様子だった。
春華さんのことですら嫌っていた先生にとっては、御三家の垣根を越えて率いるような人物なんて、美樹さん以外にはイメージできないのだろう。
「でも、宝積寺先輩……。春華さんは、異世界人を殺さずに、イレギュラーを乗り越えようとしたんですよね? だったら、異世界人との殺し合いは避けて、なるべく保護するべきではありませんか?」
桃花は、宝積寺を宥めるように提案した。
だが、宝積寺は首を振った。
「イレギュラーの時に、お姉様は、死人の出ない解決を目指して戦いました。誰も殺さずに解決することが、お姉様の望みだったからです。そのために、人を殺すことに慎重な方を選んで、事態に対処しようとなさいました」
その言葉で思い出した。
春華さんは、水沢さんよりも多くの魔力を保有しているという、葵さんの参加を断ったのだ。
それは、葵さんには、異世界人を殺すおそれがあったからなのかもしれない。
「ですが、お姉様は限界を迎えて、倒れてしまいました。その結果により、異世界人を殺さずに戦い抜くことは困難だと証明されてしまったのです。だからこそ、お姉様は、異世界人を殺した私のことを褒めてくださいました」
「……それって、1人も殺さないか、全員を殺すかの二択で考えているから、無理があるんじゃないですか? 敵を殺すのは仕方ないと、私も思いますけど……説得できる異世界人は、説得すればいいじゃありませんか」
「大量の異世界人が押し寄せてきた時に、説得できる相手と、説得できない相手を見極めるのは困難です。選択を誤れば、こちらの仲間に無用な損害が生じてしまいます。こちらの世界の損害を減らすためには、敵に見える相手は全て殺すしかありません」
「……」
異世界人を見境なく説得しようとして、あかりさんが2回も捕まった、という話を思い出す。
確かに、異世界人の敵意を見極めて説得するのは、片っ端から殺すよりも困難なのかもしれない。
「全員殺すなら、外の人間に任せれば良いだろう? 外には、町を消し飛ばすほどの、強力な兵器が大量に存在するはずだ」
花乃舞梅花がそう言うと、宝積寺はため息を吐いた。
「外は、当主の一存で、兵器を発射できるような世界ではありません。どのように対処するかを検討しているうちに、多くの被害が出てしまうはずです」
「……敵を倒すための兵器があるのに、使わないだと? 外の人間というのは頭が悪いのか?」
「この町と外では、物事を決める仕組みが違うだけです。それに、外の人だって、お飾りでしかない貴方みたいな人には言われたくないと思います」
「……」
今までの宝積寺は、御三家を尊重しているように見えた。
だが、あの態度は、内心では見下していることを隠すためのものだったらしい。
大河原先生は、宝積寺に飛びかかりかねない様子だが、その手首を桃花が掴んでいる。
本当に襲おうとしたら、宝積寺は先生を確実に殺すからだ。
先生を死なせないために必要な対応だろう。
宝積寺は、明らかに先生を警戒しているが、他のメンバーが動くことにも注意を払っている。
襲われたら、本当に、敵は殺してしまうはずだ。
だが、大半のメンバーが、臨戦態勢の宝積寺を恐れているように見える。
現状では、先生さえ止めれば、衝突は防げるように思えた。
「……?」
俺の中に、妙な違和感が生まれた。
だが、その正体は分からなかった。
というより、それに気づいてはいけない気がする。
理由は、よく分からないのだが……。




