第26話 蓮田香奈-2
「なあ。そもそも、俺達が異世界の敵と戦う必要なんてあるのか?」
俺がそう言うと、蓮田達は絶句した。
「黒崎君、それって……戦わないで、見過ごすってこと? それは、この世界の人に対して、さすがに冷たいんじゃないかな……?」
「でも、昔ならともかく、今は銃とか戦車とか、そういう物だってあるだろ?」
「駄目だよ、そんな物を使って戦ったら!」
「……何でだよ?」
「だって、『闇の巣』を刺激するかもしれないから。『闇の巣』が、何かのきっかけで大きく広がって、この世界が魔素で満たされたら……魔素への抵抗力がない人類は、絶滅するんだよ? そういう心配があるから、この町に電気やインターネットを導入する時にも、大分揉めたんだよね……」
「だったら、『闇の巣』が現れる場所を、鉄とか鉛とか、そういう物で覆ったら、この世界への魔素の流入を防げるんじゃないか?」
「それだと、漂流者を助けられないでしょ? 漂流者は、異世界で虐げられた人なんだから、助けてあげないと可哀相だよ……」
蓮田の言葉に、一ノ関が頷いて続けた。
「それに、『闇の巣』の周囲に高濃度の魔素を滞留させると、何が起こるか分からないわ。魔素には、とてつもないエネルギーがあるから、人為的に集めてはならないというのが異世界の常識なの。迂闊なことをしたら、何らかのきっかけで大爆発を起こすかもしれないし、どこかに新しい『闇の巣』が発生するかもしれない、と言われているわ。そんなリスクは冒せないわよ」
「だからって、無理をして、今までどおりに戦い続ける必要があるのか? せめて、もう少し強力な武器が使えれば、あんなに苦労して戦う必要はないだろ?」
「……さっきの話だけど、『闇の巣』を刺激するリスクの低い拳銃みたいな小火器では、魔女のようなレベルの異世界人に通用しないのよ。弾を跳ね返されて、撃った方が怪我をするかもしれないわ。魔女に通用するほど強力な兵器を使ったら、それだけ『闇の巣』を刺激するリスクが高まるでしょ? 結局、今までどおりに戦い続けることが、一番リスクを減らせるのよ」
「それにね……爆弾とか、強力な武器を使ったら、相手を殺してしまうかもしれないでしょ? 相手が罪人でも魔女でも、できることなら、異世界人は殺さない方がいいの。私達にとっては、異世界人の母体は、1人分だけでも多い方がいいんだよ。彼女達の遺伝子は、優れているから……」
蓮田が、声のトーンを落として言った。
それを聞いて、須賀川と一ノ関が顔を曇らせる。
「異世界人の遺伝子が……優れている?」
「そうなの。異世界人は、頭が良くて、運動ができて、芸術的なセンスも高いと言われているの。手先は器用だし、他人の感情を察することができるし……綺麗だし。分かり易く言えば、完璧超人、ってところかな?」
「いや、だが……それが最高に優れているか、なんていうのは、評価の尺度によるんじゃないか?」
「……うん。黒崎君が言いたいこと、分かるよ? 例えば、頭の良さについてだけど……どういう人を、本当に頭がいいと表現するべきなのか、ということには、価値観が影響することは確かだよ。記憶力を重視するべきなのか、なぞなぞに答えるような能力を重視するのか……そういうことが疑問なんでしょ?」
「ああ」
「でもさ……世の中には、誰からも天才だと認められるような、とんでもない人だっているでしょ? もしも、敏腕弁護士と外科医とベストセラー作家とプロ野球選手と俳優や歌手を兼ねることができる能力のある人がいたら? ついでに、風景画や抽象画を描いたら芸術的だと認められて、投資家として莫大な利益を出して、料理の達人で、家庭を大切にすることができて、巧妙な詐欺を見破って、ストレスへの耐性も高くて……」
「いくら何でも、そんな人間はいないだろ……」
「……まあ、少し誇張してるところもあるけど。でも、異世界人には、この世界に来たら間違いなく成功するだけのポテンシャルがあるんだよ。さっき、異世界人の遺伝子は、私達とは違うって言ったよね? 多分、生物として、異世界人の方が、この世界の人間よりも優れてるんじゃないかな……?」
「それは卑屈すぎるんじゃないか?」
「でもさ。例えば、100メートル走は9秒以内で走れて、フルマラソンは2時間以内に走れる異世界人がいたら、この世界の人間よりも、走る能力が明らかに高いよね? 異世界人は、あらゆる分野で、そういう能力を発揮できるんだよ。今のところ、分かってる弱点は、魔素を取り込みすぎて寿命が短いことと、性別が女性に偏ることぐらいかな……」
「……」
にわかには信じ難い話だった。
だが、この町の住人が、異世界人の遺伝子のおかげで高い能力を持っているのであれば、納得できることがあるのも事実である。
それは、俺が毎日、1人で特別授業を受けていることだ。
他の生徒の全員が、俺よりも遥かに頭がいいのだとしたら、それは当然の措置である。
大河原先生が、あらゆる科目を1人で教えてくれるのも、小学生に勉強を教えるのと同じような感覚だからなのかもしれない。
そういえば……俺は、体育の授業も、他の生徒と一緒に受けたことがない。
そもそも、まともに体育の授業を受けたことすらないのである。
勉強の合間に、ちょっと走ったり、大河原先生とキャッチボールをした程度だ。
仮に、他の生徒が、皆オリンピック選手以上の身体能力を持っていたとしたら、その措置は当然だろう。
「黒崎君。試しに、私と腕相撲、してみない?」
蓮田がそう言ったので、俺は驚いた。
この女の身体は、小柄で華奢だ。
じっくりと鑑賞したわけではないが、ビキニ姿だって見たことがある。
着痩せしているだけで、実は筋骨隆々……などということはあり得ない。
普通に考えれば、男である俺に敵うはずがないだろう。
だが、先ほど聞いた話が本当だとしたら……。
「……魔法は使わないのか?」
「使わないよ。純粋に、腕力だけの勝負だから」
「ちなみに、お前は運動部か?」
「違うよ、手芸部だよ。私、運動は苦手だよ?」
「……分かった」
俺は、事実を確かめるために、蓮田の申し出を受けた。
机を借りて、腕相撲を試す。
すると、結果はすぐに出た。
俺の腕力では、蓮田の腕を全く倒せなかった。
逆に、蓮田は涼しい顔で、俺の腕を倒して、机に着けてしまう。
異世界人の遺伝子を持っているだけで……これほどの才能を持って生まれることができるのか?
そんなのは不公平ではないか?
何だか、納得できない気分だった。




