第260話 黒崎和己-18
翌朝、目を覚ますと、俺は布団の中で寝ていた。
そして、隣には十条先輩が寝ていた。
「おはようございます、黒崎さん」
「……おはようございます」
身体を起こした十条先輩は、紫色の下着しか着けていなかった。
分かっていたことだが……とても恵まれた体型をしている。
「一緒に寝ることができて、とても嬉しかったです」
「……何もできなくて、すいませんでした」
「構いませんよ。何かをしたいと思っていただけたのであれば、今後に期待できますので」
「……」
服を着てから、あっさりとした態度で、十条先輩は帰って行った。
しつこくしないことが、先輩が多くの男女と関係を持てた秘訣なのかもしれない。
「お兄ちゃん……やっぱり、若葉さんの匂いがするね」
俺の部屋に来た桃花が、俺に抱き付いてから言った。
「匂いを確認するためだったら、そんな風に抱き付くな」
「私の匂いを付けて、誤魔化そうと思って」
「……やめてくれ」
「駄目だよ、今日は宝積寺先輩が来るんだから。若葉さんの匂いがしたら困るでしょ?」
「……」
確かに、十条先輩と一緒に寝たことがバレるよりは、桃花の匂いがした方がマシな気がする。
しかし……最近、桃花による俺への密着が、当たり前のことになってしまっている……。
松島は、俺達の様子を笑顔で見守っているだけだ。
桃花を止めることもなければ、俺達の関係に嫉妬する様子もない。
「お兄様、起きていらっしゃいますか?」
部屋の外から、雅の声がした。
「ああ」
「失礼いたします」
雅は、部屋に入ってくると、見慣れない器具の準備を始めた。
「何だ、それ?」
「お香です」
「そっか、それで匂いを誤魔化すんだね?」
「はい」
「……だが、いきなりお香の匂いなんてさせたら、俺の相手を知られないようにしてることが、宝積寺にバレバレじゃないか?」
「玲奈さんは、花乃舞の内部のことには干渉しません。意図に気付かれても、深く追及されることはないでしょう」
「……」
今さら遅いような気もするが……俺の身体の匂いが何度も変わるよりはマシなのかもしれない。
「これは、美樹さんの指示か?」
「いいえ。お兄様の女性トラブルを防止するためです」
「雅ちゃんは気が利くよね」
「……」
俺は、義理の妹たちに、変な気を遣わせているな……。
朝食の後で、宝積寺を迎え入れた。
宝積寺は、やけによそよそしい態度で、何かに怒っているように感じられた。
勉強を教わりながら、ずっと不安だった。
やはり、俺が、女の匂いを隠そうとしているからだろうか……?
「昨日は楽しかったですか?」
「……いや……」
「そんなはずはありません。アリスさんと一緒にいる時の黒崎さんは、いつも楽しそうな顔をしています」
「!?」
宝積寺は、表情を変えないままで尋ねてきた。
カマをかけている様子はない。
どうして知られてしまったのか、恐怖を覚える。
「昨日、愛様の様子がおかしかったので、問い詰めたら白状しました。アリスさんと一緒に、プールへ行って遊んだそうですね?」
「いや、それは……」
「このような状況でも、アリスさんに誘われたら出かけてしまう黒崎さんには、呆れてしまいました」
「……」
「宝積寺先輩。お兄ちゃんが早見先輩と遊ぶことは、この屋敷に来る前から約束していたことなんです」
桃花がそう言うと、宝積寺はため息を吐いた。
「桃花ちゃん……そういう時は、止めないと駄目です」
「でも、美樹さんは出かけることを許可してくれました。花乃舞としては問題ないと考えています。それに、お兄ちゃんが襲われないように、私がずっと警戒していたので安全だったはずです」
「……」
宝積寺は、文句を言いたそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
花乃舞の内部のことだと主張されると、宝積寺としては反論しづらいのだろう。
結局、宝積寺は帰る時まで不機嫌そうだった。
「……まだ疲れてるの?」
この実さんと一緒に風呂に入っていると、心配そうな顔で尋ねられてしまった。
俺がこの実さんの身体に関心を示さなかったので、不安になったようだ。
「いえ……」
「ひょっとして、あの子が私達の関係を嫌がったの?」
「宝積寺のことを言ってるんだったら、俺達のことには口出ししないと思います。花乃舞の内部のことですから」
「……そっか。じゃあ、アリスちゃんのことなんだね?」
「……すいません。気を遣わせてしまって……」
「それはいいんだけど……和己君は大変だよね。3つの家の女性と、それぞれお付き合いするなんて……」
「……」
本当に、どうして、こんなことになってしまったのか……?
俺は頭を抱えたくなった。
「もしも、今夜、俺の女になってほしいって言ったら……軽蔑しますか?」
「えっ……?」
この実さんは、思ってもみなかったことを言われたような顔をした。
「……すいません。忘れてください」
「和己君がそういう気分になったのであれば、拒むつもりはありませんけど……」
「……」
まさか……こんな酷い流れで、受け入れてもらえるなんて……。
現実逃避のような理由であることには、この実さんだって気付いたはずなのだが……。
「いいですよ、理由は何であっても。逃げたいからでも、癒やしてほしいからでも、たまたま近くにいたからでも。だって、今の状況が落ち着いたら、私はお払い箱になってもおかしくないですよね? だったら、せめて、思い出を作っておきたいじゃないですか」
「……」
この人は、自分の立場を、誰よりも理解しているのだろう。
俺としては、この実さんを軽く扱うつもりはない。
だが、花乃舞と神無月が合併した後で、花乃舞の文化が残るのかは不確かだ。
合併後には、宝積寺や早見、黒田原といった連中が、俺と現在の花乃舞のメンバーとの関係について文句を言うかもしれない。
今のような関係は、すぐに終わるかもしれないのである。
だから、衝動的な関係であっても構わないのだろう。
その後、俺達の間には、気まずい空気が流れた。
お互いに、相手の身体を意識していることは明らかだった。
俺達は部屋に戻った。
桃花と松島は出て行って、俺とこの実さんが部屋に残る。
まだ、お香の匂いが残っている。
決して、催淫作用があるものではないと思うが……抱き合ってもバレにくいことは意識してしまう。
「……明かりを消します」
「……」
布団に入って、少し待った。
それから抱き寄せても、風呂で言っていたとおり、この実さんは拒絶しなかった。
「お兄様、この実さん、起きていらっしゃいますか?」
「!?」
外から雅の声がして、俺とこの実さんは顔を見合わせた。
こんな時間に……どうしたというのか?
「夜分遅くに申し訳ございません。この実さんに、どうしてもお話ししたいことがございます」
「私に……?」
無視するわけにもいかないので、この実さんは、部屋の外に向かった。
俺だけが取り残されて、どうするべきか悩んでしまう。
駄目だ……今さら、落ち着くのは……。
この実さんが戻ってくるまで待てだなんて、無理に決まっている。
そんなことで頭一杯になりかけたが、俺の頭の片隅に、わずかな理性が残っていた。
一人で欲求を発散している場合ではない。
部屋の前に雅とこの実さんがいるとはいえ、俺は襲われるかもしれない立場なのだ。
さすがに、心配しすぎか……?
そんなことを考えていると、俺の頭の後ろに、誰かが触れた。




