第259話 十条若葉-2
「では、そろそろ下着を脱いでもよろしいでしょうか?」
芽里瑠さんがそう言ったので、俺とこの実さんは慌てた。
「俺達が外に出るまで待ってください!」
「ご覧になっていただいても構いませんよ?」
「芽里瑠さんの身体は、刺激が強すぎるんですよ!」
芽里瑠さんが自分のブラジャーに手をかけたので、俺達は逃げるように外に出る。
男湯の前では、桃花と松島が不安そうな顔で待っていた。
「お兄ちゃん……ひょっとして、誰かが男湯に入ったの?」
「……芽里瑠さんだ」
「そう……。何もされなかった?」
「ああ。下着姿を見せられたけどな……」
「それって、お兄ちゃんには効果的だよね?」
「……大抵の男にとっては、そうだろうな……」
「芽里瑠さんは、とても綺麗な方です。男性でなくとも、目を奪われてしまいます」
松島は顔を赤くしながら言った。
こいつは、女湯で芽里瑠さんに会ったのかもしれない。
「確かに、そうだけど……。お兄ちゃんが入浴してる時には、誰も男湯に入れないようにする方法を考えないと。取りあえず、双葉さんに相談した方がいいよね?」
「いや、その必要はない」
「えっ、大丈夫なの? 芽里瑠さんだったら、お兄ちゃんを押し倒したりしないと思うけど……他の人だったら、安全だって言えないかもしれないよ?」
「大丈夫だ。この実さんは頼りになるからな」
俺がそう言うと、誰よりも、この実さんが驚いた様子だった。
この実さんは、芽里瑠さんが俺に触れようとすることを警戒してくれた。
相手が他の女性であっても、同じように、俺を守ろうとするだろう。
その気持ちがあるだけで、頼もしい存在だと言っていい。
それに、この実さんは、自分から俺に迫ろうとしない。
俺を守る人員を増やしても、その人物に押し倒されるリスクもあるので、今はこの実さんを頼るべきだろう。
「……そっか。この実さん、これからも、お兄ちゃんをお願いします」
「は、はい!」
この実さんの様子は、褒められた子供のようだった。
俺の部屋に入ると、そこで十条先輩が待っていた。
色は紫だが、先生の誕生日と同じような服を着ている。
「こんばんは。今夜は、よろしくお願いいたします」
「……」
「この実さん。私のお願いを聞いてくださって、ありがとうございます。黒崎さんのことはお任せください」
「……はい」
この実さんは、少し残念そうな顔をして、部屋から出て行った。
桃花と松島も、俺のことを心配するような顔をしてから出て行く。
「十条先輩……本当に申し訳ないんですけど、俺は、色々あって疲れてるんです。先輩を喜ばせるような体力は残ってません……」
「構いませんよ。男女が楽しむために、性行為をしなければならないとは思っておりません」
「そうなんですか?」
「はい。一緒にお布団に入るだけで、親近感が高まるでしょう?」
「……じゃあ……良かったら、膝枕なんて、お願いできますか?」
「お任せください」
十条先輩は、嬉しそうに膝枕をしてくれた。
短い丈のワンピースから伸びている生足に頭を乗せて、少し気分が高揚する。
今なら、脚を撫でても許してもらえそうだ。
「触りたいところがあれば、ご自由になさってください」
「い、いえ……」
この人……経験豊富だからなのか、とても敏感だ。
だが、意外にも、不潔な印象は受けない。
俺の欲求には応えてくれるが、自分の欲求を解消しようとは考えていないようだ。
「先輩って……今まで、何人と寝たんですか?」
「一緒に寝た経験、という意味であれば、姉と美樹さんを除いたら14名ですね」
「……」
多すぎる……。
そう思ったが、よく考えてみると、俺だってその半分程度の経験はある。
桃花は、勝手に潜り込んできただけなのだが……。
「ですが、子供を作るための行為に及んだことはありません。なので、初体験は、ぜひ黒崎さんにお願いしたいと思っております」
「……嘘ですよね?」
「あら。嘘ではありませんよ? 私と一緒に寝た方々のうち、9名は女性ですから」
「じゃあ、男が5人でしょう? それだけの男と一緒に寝て、一回もヤッてないなんて……さすがに、誰も信じませんよ」
「そうですね。信じていただけないのは当然だと思います。私が17歳でなければ、挿入を拒否する理由はありませんでしたから」
「……17歳だと、ヤれないんですか?」
「15歳までは、妊娠することは禁止です。それはご存知ですよね?」
「知ってますけど……」
「去年は、子供を作るつもりはありませんでした。今年、『闇の巣』が開くことは分かっておりましたので。妊娠や子育てのために、自由に動けないと困るでしょう?」
「……でも、先輩は、魔獣や異世界人との戦いに参加してませんよね? 戦いに備えていたわけじゃないんでしょう?」
「はい。萌ちゃんを守ることに集中したかったのです」
「藤田先輩を……?」
「萌ちゃんは、花乃舞としても私としても、決して失ってはならない存在です。なので、私の命に代えても、あの子を守りたいと思っていました。ですが……まさか、どうしても一緒にいられなかったタイミングで、萌ちゃんと異世界人が遭遇するなんて……。あの子が無事であったことには安心しましたが、和己さんが誘拐されてしまったことは残念でした」
「……十条先輩と藤田先輩って、付き合ってるんですか?」
「いいえ」
「じゃあ、身体だけの関係……ですか?」
「私と萌ちゃんの間には、そういう関係はありません」
「えっ!? そうなんですか!?」
「はい。萌ちゃんは、私に、姉の代わりを求めているだけなのでしょう。お互いに裸になって寝たことはありませんし、唇を重ねたこともありません。もちろん、一緒にお風呂に入ることなどはありますが、女同士であれば普通のことでしょう?」
「じゃあ、前に言っていた、お昼寝っていうのは……?」
「あれは普通のお昼寝です。萌ちゃんは、寝顔がとっても可愛いんですよ?」
「……」
そういえば、十条先輩は、藤田先輩と白石先輩の恋愛を応援している様子だった。
だが、十条先輩と藤田先輩の間に身体の関係があったら、白石先輩は嫌がるだろう。
やましいことがないから、素直に応援できるのかもしれない。
「先輩にとって、藤田先輩って、妹みたいな存在なんですか?」
「萌ちゃんはお姫様です」
「お姫様?」
「あの子は、生まれながらに、周囲の人間から守られるべき存在なのです。傷付けてはいけませんし、汚してもいけません。実の姉である芽里瑠さんも、利亜さんも、そう思って接しているはずです」
「それって、藤田先輩の魔力量が多いから……ですか?」
「魔力量は1つの要素でしかありません。萌ちゃんの容姿も、夢見がちな性格も、服装や食事の好みも……全てが、あの子をお姫様にしているのです。実は、お姫様であってほしいという、周囲の期待に応えているのかもしれませんね」
「……それって、本人のためになるんですか?」
「黒崎さんが心配するのは当然だと思います。ですが、私は全く心配しておりません。萌ちゃんには、ちゃんと、大人の女性としての顔もあるのです。本人も、自分の振る舞いを模索しているところなのでしょう。私は、これからも、そんな萌ちゃんを見守っていくつもりです」
そう言った十条先輩からは、妹を見守っている姉のような雰囲気を感じられた。




