第25話 蓮田香奈-1
「安心して、黒崎。本当は、そこに書いてあることを全部守ってほしいけど……無理だってことは、さすがに分かってるわ。こっちが、最低限守ってほしいことを書いた紙よ」
そう言って、須賀川は新たな紙を取り出した。
紙を受け取って見ると、そこには、いくつかの項目にまとめられた要望が書いてあった。
・御倉沢に忠誠を誓うこと
・女性を大切にすること
・全ての妻を、なるべく平等に扱うこと
・「闇の巣」が消えるまでは、子供を作るための行為をしないこと
・「闇の巣」が消えた後では、子供を作るための行為を強く拒絶しないこと
・子供は御倉沢が決めた相手とだけ作ること
・子供に対する権利を主張しないこと
・妻に関するプライバシーを守ること
・不健康な生活を送らないこと
・他の御三家には従わず、敵対もしないこと
「……子供に関する項目が多すぎないか?」
俺が睨むと、須賀川たちは気まずそうな顔をした。
「仕方がないじゃない。私達は、そのために結婚するんだから」
「それは結果であって、目的じゃないだろ……」
「あんた、何を言ってるの!? 子供を作らないなら、結婚なんてする必要がないじゃない!」
「……そこまで必死になって作るつもりなのか? まだ高校生なのに?」
「子供を作る必要がない、外の世界と一緒にしないで! 私達には、永遠に戦い続ける必要があるのよ!」
「異世界の侵略者と……か? 兵士を増やすために子供を作るなんて、不健全だと思うけどな……」
「鈴、ちゃんと説明しなきゃ駄目だよ。黒崎君は、この町のことを、全然知らないんだから」
蓮田が口を挟んだ。
こいつは須賀川と違って、俺の立場になって物事を考えてくれている。
「大体のことは、宝積寺から聞いたぞ? この町は、この世界の人間と異世界人が混血して成り立ってるんだろ? それで、異世界から追い出された、魔物や罪人や魔女が攻めてくるんだよな?」
「同じ人が、長期間戦い続けることはできない、ということは聞いてないの?」
「まだ聞いてないが……」
「そっか……。それじゃあ、私達にとって、後継ぎを残すことが大切だってことも理解できないよね」
「どうして、同じ人間が戦い続けることができないんだ?」
「それはね、魔素が人の身体に悪影響を及ぼすからだよ」
そう言って、蓮田は説明を引き継いだ。
「この世界と違って、異世界は魔素で満たされているの。異世界人や私達の身体は、呼吸するのと同じように、魔素を取り込んだり放出したりしているの」
「その量の多さで、各々の魔力量が推測できるんだよな?」
「そうだね。異世界人も私達も、取り込んだ魔素を、魔力に変換しているの。そして、身体に蓄えた魔力を放出して、空気中の魔素と反応させると、魔光を生み出せるんだ。その魔光には、物や人体を操る作用があって、それが私達が使う魔法の正体なんだよ」
「……何か、無駄に手間をかけてるような気がするんだが? 魔素っていうのを、そのまま使えないのか?」
「魔素は有毒だから、人は魔素を大量に抱えていることができないの。だから、魔素を無害な魔力に変換してから蓄えて、漂ってる魔素を使えるようにしている、というわけなんだよ」
「……まあ、理解できないわけじゃないが……」
「普通の状態だと、人は吸い込んだ魔素を、すぐに放出するんだけど……魔力を消費していると、身体に魔素を蓄えて、魔力を回復しようとするの。そうしないと、次に敵が襲ってきたら、魔力が無くて戦えないから。つまり、頻繁に魔力を使うと、体内に魔素がある状態が長引くことになるんだよ」
「それじゃあ、魔力を使い続けて、体内に魔素がある時間が長引いたら……」
「当然、身体に負担がかかるよね? そんな時期が続くと、重い病気になったり……場合によっては、子供を作るための能力を失ったりするんだよ」
「……」
「だから、私達が『闇の巣』から出てくる敵と戦うのは、原則的に、『闇の巣』が1回現れてから消えるまでの間だけなの。その後は、なるべく多くの後継ぎを作って、次回以降の『闇の巣』の出現に備える必要があるんだよ」
「なあ、前々から気になってたんだが……この町には老人がいないよな?」
「……異世界人は、この世界の人間と比べて短命なの。歳を取ると、身体に魔素が溜まりやすくなって、負担が増えていくからだって言われてるんだよね……」
「……」
「あっ、でも、心配しないでね? この世界には、異世界と違って、魔素が元々存在するわけじゃないから。『闇の巣』から離れた場所で生活すれば、普通に長生きできるの」
「じゃあ、老人は全員死ぬわけじゃないんだな? 余生は他の場所で過ごすのか?」
「そういうこと。大体30歳になるまでの間に、子供を作れるだけ作ったら、なるべく早く、この町から離れて暮らすの」
だったら、この町の男が長生きなのは、ストレスのかかり方の違いではなく、世界にある魔素の量の違いによるものだろう。
そう思ったが、あえて口には出さなかった。
「……なあ。魔素が身体に悪いなら、『闇の巣』が閉じている期間は、全員でこの町から離れた方がいいんじゃないか?」
「できれば、そうしたいんだけどね……。理由は分からないんだけど、充分な量の魔素がない環境で妊娠したり、出産したりすると、子供が魔力を保有してくれないことが多いの」
「……じゃあ、この町じゃない場所で産まれたのに魔力を持ってる俺は、かなり例外的な存在なのか?」
「そういうこと。それに、異世界人の血が入ってる人は、魔素が無い環境では、不妊に悩む場合も多いの。元々、異世界人とこの世界の人間の遺伝子って、大分違うものらしいから。魔素がない環境では、子供を作れないんだよね……。混血した私達の遺伝子を調べると、間違いなく、この世界の人間の遺伝子らしいんだけど……」
蓮田の言葉を聞いて、俺は思った。
異世界人や、その血を継いだ俺達のことを、人間と呼んでもいいのだろうか?
外見的には、普通の人間と大差ないのだが……。




