第258話 小金井芽里瑠-1
俺は、桃花の身体を意識しないように、他のことを考えるようにした。
「そういえば、お前のビキニは、いつ作った物なんだ?」
「あれは去年作ったの」
「……そうなのか? お前、普段は胸を押さえてるんだろ? それなのに、水着はビキニなのか?」
「やだ、お兄ちゃんったら。まさか、お兄ちゃんを誘惑するために作ったと思ったの?」
「……」
「お兄ちゃんって、急に疑い深くなったよね」
「それは、お前にも責任があるだろ」
「そうだけど……。言ったでしょ? 私、花乃舞の人間しかいない場所では、胸を潰したりしないんだから。花乃舞のプールでは、ビキニでもおかしくないでしょ?」
「そういえば、お前も、花乃舞の人間との混浴には抵抗がないんだよな……。ん? だったら、どうして水着が必要なんだ? 花乃舞のプールでは、裸で泳いでもいいんじゃないか?」
「あのねえ……。皆が水着姿の場所で、裸だったら恥ずかしいでしょ? 泳ぐ時は水着を着けるっていうのは、この町の常識だから着けるんだよ」
「……」
「おかしいと思う? だったら、プールは広いから、魔法で姿を消した男がいても気付きにくいって説明すれば分かってくれる?」
「なるほど」
それならば、分かり易い。
確かに、風呂や更衣室よりも、プールの方が気配を察知しにくいだろう。
せっかくなので、気になったことは、この場で確認しておくことにする。
「なあ。お前が正規の催眠術師じゃないっていう、早見の推測は正しいのか?」
「……いくらお兄ちゃんでも、それは話せないよ。重要な機密だから」
「そうか……」
「ごめんね。信用していないわけじゃないの。でも、誰かが、お兄ちゃんから情報を引き出そうとするかもしれないでしょ? 誰かが、もう一回、お兄ちゃんに催眠術をかけるかもしれないし……」
「分かってる。俺が操られたとしても、知らないことは話せないから安心だよな」
俺がそう言うと、桃花は安心した表情になった。
「和己君……疲れてるよね?」
美樹さんの屋敷に帰ってから、バタバタと用事を済ませて。
約束したとおりに、2人で男湯の湯船に浸かっていると、この実さんから尋ねられた。
嫌みを言っているわけではなく、心配そうな顔をしている。
もちろん、俺は疲れている。
この実さんとの脱衣を済ませて混浴しても、テンションが上がってこないほどだ。
「……すいません。この実さんの身体が、気にならなくなったわけじゃないんです」
「それはいいの。神無月の子との関係も大事だよね。男の子の身体には限界があるって、ちゃんと分かってるから」
「……」
「でも……事情を知らないままだと、若葉ちゃんは傷付くかも……」
「……夜の相手ができるコンディションじゃないって、正直に話すつもりです」
「そう……」
「……」
気まずい空気が流れた。
このままではいけないと思って、俺はこの実さんを抱き寄せた。
「……私の匂いが付いたら、若葉ちゃんが嫌がると思うけど……大丈夫なの?」
「それで拒絶されるなら、今後の関係を良好に保つのは無理ですから」
「……」
俺は、この実さんとキスをした。
それから、改めて見つめ合うと、この実さんは嬉しそうな顔をした後で、恥ずかしそうに俯いた。
満足してくれたようで良かった。
俺達が脱衣所に行くと、服を脱いでいる途中の女性がいた。
「芽里瑠さん……!?」
「こんばんは。お二人の関係が良好なようで嬉しいです」
「……その格好で待っていたのは、わざとですよね?」
自分の胸を抱くようにして隠しながら、この実さんは俺の前に出て、芽里瑠さんを非難した。
俺も慌てて前を隠したが、芽里瑠さんは、黒いブラジャーとショーツだけを身に付けた姿を隠そうとはしなかった。
「お二人の邪魔はいたしません。私は、和己さんとこの実ちゃんの行く末を見守らせていただくつもりです」
「だったら、和己君を誘惑しないでいただけませんか?」
「あら。裸のお付き合いは、花乃舞では普通のことではありませんか。これからは、この実ちゃん以外の皆様とも仲良くなっていただきたいです」
「……芽里瑠さんは綺麗すぎます。髪は金色で、背が高くて、胸が大きくて……とっても見栄えがします。全員で混浴したら、芽里瑠さんに男を取られる心配がないのは、美樹さんや百合香さんだけだと思います」
「ですが、私には、既に男性との経験があります。和己さんとの身体の関係を期待するのは、高望みというものでしょう?」
「……」
「あくまでも、花乃舞の仲間としての、良好な関係を構築したいと思っております」
そう言って笑顔を浮かべた芽里瑠さんは、いかにも、年上のお姉さんといった雰囲気だ。
この実さんが傍にいなければ、籠絡されていたかもしれない。
「……芽里瑠さん、後ろを向いていただけませんか? この実さんは、裸の付き合いが好きじゃないから男湯にいるんです。それに、俺だって、まだ裸を見られたくありません。花乃舞の文化に慣れてないんです」
「分かりました」
芽里瑠さんは、文句を言わずに応じてくれた。
思わず、見入ってしまった。
この人……後ろ姿だけでも、とんでもなく見栄えがするな……。
「和己君……それは良くないです」
「……すいません」
「構いませんよ。裸を見たいと思っていただけるのは光栄なことです」
「……」
この人……やっぱり、俺を誘惑したくて男湯に来たのか……?
悔しいが、見たくないとは思えない。
この町には良い女が沢山いるが、身体だけなら芽里瑠さんが一番だろう。
処女じゃないことが惜しい……。
そんなことを考えていると、この実さんに睨まれてしまう。
これは……女性が嫉妬している時の目だ。
俺は、気分を落ち着けながら服を着た。
「芽里瑠さんも服を着てください」
「お気になさらないでください。すぐに、浴室に参りますので」
「……だったら、その前に、一つだけ質問してもいいですか?」
「何でしょう?」
「この実さんと俺が風呂で会うように仕向けたのは、わざとですか?」
「はい」
「……それは酷いと思います」
「この実ちゃんを騙してしまったことは、申し訳ないと思っております。ですが、私は、人の性欲には敏感なのです。男の子だけではなく、女の子であっても、性的な期待が高まっていることは分かります」
「女の子でも……?」
「この実ちゃんが、和己さんから性的な関心を示されて、女として愛されたいと思っていることは、すぐに分かりました。ですから、そのためのシチュエーションを作る協力をいたしました。この実ちゃんは、男の子に裸で迫ることができるタイプではありませんので」
「……」
「……」
驚くべき話だった。
この実さんの様子を確認すると、真っ赤になって俯いている。
どうやら、芽里瑠さんの指摘は正しかったようだ。
「だったら、他に欲情していた女性はいたんですか?」
「いらっしゃいました。ですが、どなたであったのかは話せません。この実さん以外の方々は、機会があれば、ご自身でアプローチなさると思います。もちろん、この実さんから奪い取るような行為はなさらないと思いますが」
「……そうですか」
噂では聞いたことがあるのだが……女にも、性欲ってあるんだな……。
俺にとっては興味深い話だった。




