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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第256話 和己と天音

 目を覚ました俺の前には、今よりも、少しだけ幼い顔立ちの北上がいた。

 これは……俺が記憶を消される前の、記憶……?


「気が付いたのですね」

「あんたは……?」


 そう尋ねた俺に、北上は優しく微笑んだ。


「はじめまして。私は、北上天音と申します」


 そう言った北上は、とてつもない美人だった。

 これほど美しい女が、この世に存在するとは思えないほどだ。


 完全に一目惚れしていた。



 北上は、俺の前で魔光を生み出しながら、魔法や異世界について説明してくれた。

 そして、この世界が危機に陥ってるという、早見がでっち上げたストーリーをスラスラと説明してくれた。


 当時の俺は、それを完全に信じた。

 北上の表情が曇っているのは、世界の行く末を憂えているからだと思い込んだ。



 その後で、俺は、北上よりもさらに美しい女――早見を紹介された。

 あまりの美しさに、頭の中が真っ白になって、ほとんど言葉を発せなかったほどだった。


 早見は当時から絶世の美女だったが、それだけに、近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 俺の中で、恋人にしたい女は、人当たりの良い北上のままだった。


 当時の様子を思い出すと、北上にも、できるだけ俺に近寄らないようにしている様子があったのだが……表面的には親しげな態度だったので、避けられていることには全く気付かなかった。



 やがて、異世界人との戦いに備えて、俺の訓練が開始された。

 訓練には、白石先輩と長町が加わった。


 俺は、皆の期待に応えられるように努力した。

 だが、ほとんど無駄な努力だったと言うべきだろう。


 俺の様子を見て、北上も白石先輩も、呆気に取られた顔をした。

 長町は、俺がふざけていると思い込んで怒った。


 早見は、俺のことを優しく励ました。

 だが、内心では、計算違いに困惑していたはずだ。

 さすがの早見も、異世界人の血を継いだ男が、この町の小学生にも及ばないような身体能力と知能だとは思わなかっただろう。


 俺だって、さすがにおかしいと気付いた。

 自分よりもかなり小柄な長町ですら、俺を放り投げるほどの身体能力があるのだ。

 この町の人間に、自分の力が必要だとは思えなかった。


 だが、北上や白石先輩の接待プレイの影響もあって、訓練をやめようとは言い出せなかった。

 心身に負荷がかかって、俺は疲弊していった。



 ある時には、訓練中に転んで、咄嗟に北上のスカートを掴んでしまった。

 北上は、珍しく絶叫して、俺を振り払おうとした。


 その時に、つい、スカートの中を覗き込んでしまった。

 ショーツは白だった。


 周囲の女子は、俺の行為を非難したが、北上は俺を庇ってくれた。



 ようやく訓練の成果が出て、魔法が発動した時には感動してしまった。


 だが、俺の身体能力では、魔法を使っても効果はたかが知れていた。

 この町の平均を大きく下回っている俺では、魔法で補っても、魔法を使っていない人間の平均を超える程度でしかなかったのだろう。


 当時の俺は、魔力放出過多でもなかった。

 制御は楽だったが、伸び代はほとんどない状態だったはずだ。


 北上や白石先輩は、あまりにも低レベルな俺に愕然としており、長町は哀れむように俺を見た。

 相変わらず、早見だけは笑顔を崩さなかったが、俺の使えなさに一番キレそうだったのは早見なのかもしれない。


 一番焦っている様子を見せたのは、当主として紹介された神無月先輩だった。

 早見は上手くフォローしていたが、面と向かって酷評されたため、俺は完全に自信を喪失した。



 ついに、俺は北上と二人きりのタイミングで、様々な疑問をぶつけた。

 北上は悲しそうな顔をして俯いた。


 そして、俺が抱いていた疑惑の一部について白状した。


 実は、異世界の敵と戦うメンバーは他にもいる。

 この町では、女性が戦う機会が多いため、男の積極的な参加を呼びかけているところだ。

 俺に参加してほしいのは、他の男の参加への意欲を高めるためである。


 そんな説明を受けて、俺は茫然自失の状態になった。

 北上は、涙を流しながら何度も謝罪して、俺の手を取りながら言った。


「我々は、黒崎さんを頼りにしております。たとえ、貴方自身には、強大な力がなかったとしても……。歴史を動かすために、戦場に付いてきてください。貴方のことは……私が必ず守ります!」


 そう言い切った北上は、言葉とは裏腹に、とても不安そうな顔をしていて……俺は、思わず抱き締めてしまった。


 あの時の俺は、自分の力で北上を守れると、まだ思い込んでいた。

 自分が無能扱いされている実態を受け入れられず、自分が重要な人間なのだと信じたかったのだ。


 そして、俺は、自分が暴走するのを止められなかった。

 勢いに任せて、北上に「俺と結婚してくれ!」と叫んだのである。


 北上は衝撃を受けた様子だったが、完全には事態を飲み込めていない顔のままで頷いた。


 それを完全な承諾だと解釈して、俺は北上にキスをした。

 北上の全身が固まったようになったのは、そんなことをされるとは全く考えていなかったからだろう。


 本人は、俺との関係が恋人同士に近いものであるかのような演技をしていただけで、俺のことが好きではなかったはずだ。


 それからの北上は、俺の目には冷静に見えた。

 きっと、唇を奪われたショックが大きすぎて、怒りすら湧かなかったのだろう。



 その後、俺達は、今までと同じように訓練するはずだった。

 だが、すぐに、その予定は狂ってしまった。



 翌日、深刻な顔をした早見に呼び出されて。

 向かった先には、顔を真っ青にした北上と神無月先輩がいた。


 戸惑う俺に、早見は淡々と告げた。


 黒崎和己は御倉沢の人間である。

 御倉沢は、自分達とは敵対している組織であるため、このままの生活を送ってもらうことはできない。

 ましてや、嘘を吹き込んで俺を訓練させたなんて、決して御倉沢に知られてはならない。


 だから、俺の記憶をこの場で消し去り、全てを無かったことにする。


 そんなことを説明されて、俺はブチ切れた。

 早見と神無月先輩のことを、考えられる限りの言葉で罵り、北上のことも罵倒した。


 北上は真っ青になったが、早見は表情を変えず、俺の腹部を拳で一撃した。

 倒れ伏して苦しがっていると、北上は俺の傍らに座った。


「申し訳ございません……。記憶を消しても、必ず、黒崎さんに添い遂げます」


 北上はそう宣言してから、俺の頭に触れた。



 俺は記憶を消された。

 さらに、催眠術をかけられて、日記をメールで送ることになってしまった。

 おまけに、頬を撫でられることによって、相手に親近感を持つようにされてしまったのである。



 記憶を取り戻して、目を覚ますと、俺は北上に膝枕をされていた。

 それはいいのだが……何故か、北上は下着姿のままだった。


「……お目覚めでしょうか?」

「お前……どうして、そんな格好のままなんだ?」

「……服を着たら、がっかりされるのではないかと思いまして……」

「……そもそも、どうして脱いだんだよ?」

「それは……白装束を脱いで、黒い下着だけを身に着けた姿でキスをすることが、記憶を操作した催眠術を解除する条件だったからです」

「……」

「……申し訳ございません。気の済むまで、見ていただいても構いませんので……」


 北上は恥ずかしそうに言った。

 今回は、身体を隠そうとしなかった。

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