第24話 須賀川鈴-2
「黒崎君。これから、私の家に来て」
帰りのホームルームの後で、一ノ関が俺に対してそう言った。
「……お前の家に?」
俺がそう言うと、一ノ関は焦った様子で首を振った。
「変な意味じゃないわ。鈴と香奈も来るから。今後のことについて、一緒に話し合いたいの」
「……分かった。じゃあ、宝積寺には、先に帰るように伝えてくる」
「黒崎君……宝積寺玲奈を追い詰めたら駄目。慎重に伝えて」
「……分かってるよ」
廊下に出ると、宝積寺はいつも通り、俺のクラスの前の廊下で待っていた。
「悪い、宝積寺。今日は……俺は、行かなきゃならない場所があるんだ」
俺がそう伝えると、宝積寺は捨てられた子犬のような目で俺を見つめた。
「……どなたの家に行くんですか?」
「それは……一ノ関の家だ。だが、須賀川も蓮田も来るから、2人だけになるわけじゃない」
「……そう……ですか」
宝積寺は、俺に頭を下げて、1人で歩いて行く。
すると、宝積寺のクラスから、数名の女子が出てきて、こちらに一斉に非難の目を向けてきた。
その教室から、蓮田が出てくる。
こちらを見ているクラスメイトのことを気にしながら、俺達の方へと近寄った。
「……黒崎君、お待たせ。鈴はまだ?」
「ああ。……あいつらは、神無月の人間か?」
「違うよ、御倉沢の子だよ」
「……そうなのか?」
俺は、改めて、宝積寺や蓮田のクラスからこちらを見ている女子達を見返した。
女達は、こちらを蔑むような目をしながら、何かをヒソヒソと話している。
明らかに、俺に対して好意的な様子ではない。
「あいつらは……俺とお前達が結婚したことを知ってるのか?」
「知ってるよ? 御倉沢の中では、既に知らされてることだから……」
「じゃあ……あいつらは、重婚が生徒会長の指示だって知らないのか?」
「それも知ってるよ。そもそも、重婚は珍しいことでも、否定されることでもないし……」
「……だったら、どうして俺は、あいつらに非難されてるんだ?」
「あんた、そんなことも分からないの? 本当に、信じられない男ね」
いつの間にか俺達の近くに来ていた須賀川が、呆れ果てた様子で、吐き捨てるように言った。
「そこまで言われるようなことなのか……?」
「御倉沢は神無月とは違うのよ。町の外に行ったり、他の家の異性と恋愛する人間は裏切り者なの。あんたは脱走者の子孫だし、宝積寺と付き合ってるんだから、非難されるのは当然でしょ?」
「……」
やはり、御倉沢に所属している人間の自由は、相当制限されているらしい。
これでは、逃げ出したくなるのは当然だろう。
そんなことを言えば、こいつらは怒るのだろうが……。
俺達は、4人で一ノ関の家へと向かった。
そして、リビングのソファに、俺と女子3人に分かれて座り、向かい合う。
「……そういえば、一人暮らしなのに、どうしてこんなソファがあるんだ?」
本題に入る前に、疑問に思ったことを口走る。
「この家は、御倉沢の物だから。ほとんどの家で、家具は同じ物を揃えてあるの」
「そうなのか」
「そんな話はいいでしょ? これを見なさい。私達の要望が全部書いてあるから」
須賀川は、俺に1枚の紙を渡してきた。
それに目を落として、身体が硬直する。
そこには、女がシャープペンシルで書いた文字が、小さな字で大量に書き込んであった。
どうやら、その全てが俺への要望……というより、命令であるようだ。
おそらく、3人が別々に書いたのだろう。
3人分の筆跡があり、その8割近くを1人のものが占めている。
一番多く書き込んだのは、須賀川に違いない。
その内容は、俺の自由を徹底的に制限するものだった。
例えば、妻でない女のことを見るな、考えるなといったものや、女に従え、逆らうなといったもの。
許可を受けずに性的な行為をすることは全面的に禁止、許可が欲しい時には土下座して頼むこと。
体調を崩す可能性のある、夜更かしや栄養の偏った食事を戒め、妻から子作りを求められた時には必ず応じること。
神無月とは即刻縁を切り、御倉沢の居住域に引っ越せ、といったものもあった。
「……お前ら、これ、本気か……?」
「ほら、やっぱり怒ったじゃない! だから、それを見せるのはやめてって言ったのに!」
蓮田が、焦った様子で須賀川を責めた。
「いいのよ。外の男は、女に対して偉そうにすることが正しいと思ってるんだから。ここでは、男は女を敬うのが正しいって、教えてあげないと」
「これじゃあ、敬うんじゃなくて、隷属してるじゃねえか!」
「当然でしょ? あんたは男なんだから」
「ふざけんじゃねえ!」
「鈴、いい加減にして」
一ノ関が、怒っているような声で言った。
須賀川と蓮田が、驚いた様子で一ノ関の方を見る。
どうやら、一ノ関が怒るのは珍しいことのようだ。
「……分かったわよ。でもね、黒崎。あんたは、黄門町では女の方が男より偉いってことを、覚えておいた方がいいわよ?」
「酷い差別だな……」
「どうしてあんたがそう感じるのか、私には分からないわ。あんたって、外の世界から来たんでしょ? 外の世界では、皆が意見を出して、数が多い方の意見が通るのよね? それを民主主義って呼ぶんでしょ?」
「まあ、その認識が間違ってるとはいえないが……」
「もう気付いてると思うけど、黄門町では、男よりも女の方が、遥かに人数が多いの。だったら、この町で女の意見が通るのは、外の世界のルールに従ったとしても当然じゃない」
「だからってなあ……。もう少し、男の希少価値に配慮するべきじゃないのか?」
「配慮ならしてるわよ。女が全員、早見みたいな態度だったら、男はストレスで死んじゃうかもしれないもの。実際に、異世界の男は、黄門町の男と比べても短命らしいわよ? あっちでは、男は完全に種馬扱いされてるんだから。あんた、この世界に生まれて良かったわね」
「……」
この町や異世界では、男の人権は認められないらしい……。
俺は、改めてこの町から逃げ出したい気分になった。




