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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第248話 早見アリス-29

「……ていうか、お前はエロいことが嫌じゃないんだろ? それなのに、結婚相手とはエロいことをしないって……おかしいだろ」

「私は、性的な行為自体を嫌っているわけではありません。ですが、私にだって、生理的に耐えられないことはあるのです」

「……何だ?」

「身体が汚れることです。特に耐えられないのは、他人の体液が身体に付着することですわ」

「あっ……」


 そういえば。

 こいつは、俺が脚に頬ずりした時に、口を付けないことを要求した。

 その時には、舐められるのが嫌なのかと思ったが……本当は、唾液が付くことが嫌だったのか……?


「手のように、すぐに洗える部位に、短時間だけ付着するのであれば我慢できますが……男性の下半身との接触はもちろん、誰かと唇を重ねることは考えられません。頬にキスをされるのですら嫌です。そのことを知っていて、わざと、私にそういうことをしたら……相手が、たとえ麻理恵さんや玲奈さんであっても、絶交するかもしれませんわ」

「そんなに嫌なのか……!」

「はい。ですから、私は、男性と子供を作るための行為をすることができないのです。これは、愛様や春華さんといった、私と特に親しい方々しか知らない秘密ですので、決して口外なさらないでください。この町にも、子供を産めない女性を見下す人達がいますから。私にとっては、なるべく隠したいことなのです」

「……分かった」


 早見の、かなり重大な秘密を教えてもらった。

 自分が特別な存在になったようで、気分がいい。


 これは、俺のプライバシーを暴いたことに対する、早見なりの誠意なのだろう。


「……ん? ちょっと待て。じゃあ、結局、俺が体液を出すようなことはできないんじゃねえか!」

「あら。コンドームを着けていただければ、大抵の行為は可能ですわよ?」

「……」


 それもそうか……。

 こいつは、俺が挿入することにこだわっていないことを知っているから、性的なサービスを提供しようと考えたのだろう。


「……だったら、お前が一ノ関たちを助けた時の選択肢は? 俺には、お前を自由にする権利なんて無かったんだろ?」

「はい。あの時、黒崎さんが間違えた選択肢を選んだら、何もさせずに絶交するつもりでした。水守さんたちを見捨てて性欲を優先する男性なんて、許せませんから」

「……」


 やっぱり、こいつは凶悪な女だ。

 自分から最悪の選択肢を提示しておいて、選ぶことを許さないなんて……。


「……つまり、結論としては、お前は俺に身体で償えないってことだな? だったら、俺は、生徒会長にお前のことを訴える。百叩きになっても悪く思うなよ?」


 俺は、苛立ちをぶつける言葉を吐き出した。

 すると、早見は珍しく、困った顔をした。


「ご存知だと思いますが、御倉沢家の当主の百叩きは、命の危険を伴う刑罰です。黒崎さんは、私が死ぬような思いをしても構わないとお考えですか?」

「……自業自得だろ」

「そうですか。それは困りましたね……」


 早見は不満そうだ。

 俺が思い直してくれないことが、想定外だったのかもしれない。


「お前は、神無月先輩の従妹で、神無月家の人間の婚約者なんだろ? 生徒会長だって、多少は手加減してくれるんじゃないか?」

「そういう問題ではありません。御三家の当主のお仕置きを受ければ、この町に、その事実が知れ渡ります。それによって、私のプライドがどれほど傷付くか、お分かりではありませんか?」

「……知るか」

「お許しいただけないのであれば、残念ですが、仕方ありませんわね」

「……!」


 こいつ、まさか……!

 身の危険を感じて、俺は早見から距離を取った。


 だが、早見は動かなかった。

 その表情は、いつもの、余裕を感じさせるものに戻っている。


「黒崎さん。私との訓練を続ける気はありませんか?」

「……訓練って、神無月の運動場でやった、あれか?」

「はい」

「必要ないだろ? 『闇の巣』は閉じて、俺は、もう異世界人と戦わないんだからな」

「あら。9年後に、また『闇の巣』が開くことをお忘れですか?」

「……!」


 そうだった。

 「闇の巣」は、9年経ったら、また開くのである。

 その時に、俺は25歳なのだから、この町にまだいる可能性が高い。


「……いや、やっぱり必要ないだろ。俺は今回の戦いに参加した。次の戦いには参加しなくていいはずだ。年齢だって、引退してる歳になってるはずだろ?」

「まあ! 黒崎さんは、この町の住民と同じように、引退を決め込むおつもりなのですか? 愛する女性がいて、お子様も何人か生まれているであろう環境で、安全な場所で高みの見物をなさっても、心が痛まないのですか?」

「……そういうことは、御三家の連中に言ってやれ」

「ごもっともですわ。しかしながら、黒崎さんは、それなりに魔力のある男性です。次の機会にも、狙われるリスクはあると思いますが?」

「……」


 早見が、何を言おうとしているのかは分かる。


 俺は、今回、ファリアに誘拐された。

 その時、近くにいた女子は襲われて、殺されそうになったのだ。

 蓮田や渡波の命が助かったのは、美樹さんが予知能力で助けてくれたからである。


 だが、美樹さんは、9年後には30歳を超えている。

 この町にはいないだろう。


 そんな状況で「闇の巣」が開いて、俺が襲われたら、今度こそ身近な人間が死ぬリスクがある。

 そうならないためには、俺が訓練して、異世界人に対抗できる力を付けるべきだ。


「黒崎さんは、魔力放出過多であるために、異世界人と戦うことができる可能性があります。ですから、少しでも戦う能力を身に付けておくことは、望ましいことではないでしょうか?」

「……訓練だったら、花乃舞の連中に手伝ってもらうこともできるはずだ」

「そうでしょうか? 魔力放出過多の人間の訓練なんて、花乃舞の方々にとっても経験のないことなのですわよ? 黒崎さんが怪我をするリスクも、訓練を手伝う方が怪我をするリスクもあるのに、誰にお願いするおつもりなのですか?」

「……確かに、訓練は必要なのかもしれないな。だからって、それを手伝うだけで、お前を許せっていうのはふっかけすぎだろ」

「訓練中の事故であれば、何があっても許します。私が裸になっても怒りません。身体のどこを触っても構いませんわよ?」

「……それは、元から、そういう約束だっただろ?」

「訓練を続けて、黒崎さんが思ったとおりに動けるようになったら、私の身体を自由にできます」

「……」

「明らかにわざとでも、訓練中であれば許しますわ。もちろん、愛様に訴えることもありません。そういうことができるほど成長したら、喜ばしいと思いますもの」

「……そんなことがバレたら、俺が旦那に殺されると思うんだが?」

「訓練場の中でのことですから、口外しなければ問題ありません。それに、婚約する時の条件には、私を自由にさせていただくことも含めております。私、異性の友人と遊んだり、訓練したりすることについても、事前に明確な了承を受けておりますわ。だから、今、この場にいるのです」

「……」


 確かに、俺にとってはおいしい条件なのかもしれない。

 だが……結局、非倫理的な話になっている気がするのだが……。

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