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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第246話 早見アリス-27

「……そういえば、北上はどこにいるんだ?」


 プールで泳いでいる女子がいなくなって、俺は周囲を見回した。

 てっきり、北上も、泳ぎながら待っていると思っていたのだが……?


「天音ちゃんなら、ここにはいないよぉ?」

「!?」


 北上が……いない!?

 慌てて早見の方を向くと、相手は満足そうな顔をしていた。


「あら。私は、黒崎さんが恋い焦がれている方がいらっしゃる、とお伝えしただけですわ」

「それが北上のことなんじゃないのか!?」

「当然ながら、飛鳥さんのことです」

「お前なあ……!」

「そうではないのですか?」

「……」


 はっきりと尋ねられると、困ってしまう。

 俺が、黒田原のことを気にしていたのは事実だからだ。


「黒崎君……それは浮気だよぉ?」

「というより、飛鳥さんも天音さんも、神無月の方ではないですか。どちらにしても、問題があると思います」


 矢板と栗橋は、呆れたような反応をした。

 やはり、宝積寺と付き合いながら、他の神無月の人間に好意を寄せるのは、理解できないことのようだ。


「やっぱり。北上先輩は来ないのではないか、と思っていました」


 いつの間にか近くに来ていた桃花が、呆れた様子で言った。


 水着は、エメラルドグリーンのビキニを着けている。

 早見とも張り合えるような抜群のスタイルで、改めて、こいつの容姿はハイレベルだと思った。


 それにしても……普段は胸にさらしを巻いているのに、水着が大胆なのはどういうことなのだろうか?

 まさか、俺に見せるために、急遽ビキニを作ったのか……?


「あら。天音さんは、プールに来なかっただけですわ。円さんに用意していただいた別荘で、お待ちいただいております」

「だったら、私達を、別荘に連れて行けば良かったのではないですか?」

「そのようなことを仰らないでください。皆様で遊ぶ時間を作るために、このような機会を設けたのですから」

「このメンバーで遊んでも、結局、お兄ちゃんと早見先輩と北上先輩がプールでデートする約束は果たせませんよね?」

「デートの約束をしていても、都合が悪くなることはあります。天音さんは、心労が重なってお疲れなのですわ」

「……分かりました。そういう事情であれば、仕方ありません。松島さん、せっかくですから泳ぎましょう?」

「はい」

「じゃあ、梢ちゃん、もう1回泳ごうか?」

「……そうですね」

「では、アリス様。私も失礼いたします」


 皆が、俺と早見を残して、示し合わせたように泳ぎ始めた。

 早見は、俺に微笑みかけてくる。


「では、私達は、あちらに参りましょう」

「……」


 皆が、早見は俺に何もしないと信じているのだろう。

 正直に言えば……俺は、まだ怖いと思っているのだが……。



 早見に案内されたのは、プールサイドにある小さな部屋だった。

 その部屋には、何故かベッドが置かれている。


「……!?」

「念のために申し上げますが、このベッドを、本来の用途で使うために呼んだわけではありませんからね?」

「……分かってるよ」


 ここは花乃舞の施設なのだから、盛り上がったら、ここで楽しむのだろう。

 だが、早見の目的がそういう行為であるはずがない。


 それはいいのだが……部屋の扉に、音を立てずに鍵をかけるのはやめてほしい。


「そんなに怯えなくても、よろしいのではありませんか? このような状況で、黒崎さんを殺したりしませんわよ?」


 早見は、ちょっと不満そうに言った。


「……俺に襲われそうになったことにして、正当防衛を主張するかもしれないだろ?」

「あり得ませんわね。襲われそうになったら、殴って気絶させてから、愛様に訴えますわ」

「……」

「黒崎さんは、私の身体能力の高さをご存知でしょう? そのようなことはなさらないと信じております」

「……当然だろ」


 俺と早見は、ベッドに並んで座った。

 ベッドにシーツはかかっておらず、マットレスは防水仕様のようだ。


「まずは、黒崎さんの最大の不安を取り除いて差し上げましょう」

「最大の不安……?」

「メールを送らせる催眠術のことですわ。あれは、黒崎さんがメールを送っていたことを認識した時点で、既に解除されています。つまり、天音さんに会わなくても、今後、黒崎さんがあのようなメールを送ってしまうことはありません」

「そうか……!」


 良かった……催眠術は、もう解けていたのか!

 これで、俺のプライバシーが流出する心配はなくなった。


 そう思ったタイミングで、早見は俺の頬を指先で撫でた。


「おい……! やめろよ、それ!」

「そんなに嫌がらないでください。これは、神無月における愛情表現の一種なのですから」

「だとしても、勝手に撫でるな!」

「あら。女が甘えている時には、素直に受け入れるべきだと思いますわ」

「お前……俺が、お前らがかけた催眠術のせいで、散々な目に遭ってることを忘れたのか!? 少しは反省しろ!」

「……そうですわね。黒崎さんにとって、絶対に知られたくないことを暴いてしまったのですから、お怒りになるのは当然だと思いますわ」

「……」


 確実に演技だと思うのだが……早見にこういう態度をされると、あまり強く怒りをぶつけられなくなる。

 早見は、俺の頬を撫でるのをやめなかったが、振り払うわけにもいかない。


「……俺だけじゃねえだろ。一ノ関も須賀川も蓮田も、俺との行為の情報が流出したって知ったら、どれだけショックを受けると思ってるんだ? 宝積寺にしても、渡波にしても、知られたくない情報が流出したのは同じだ。大河原先生だって被害者だろ?」

「仰るとおりですわ。そして……黒崎さんに謝らなければならないことは、他にもあります」

「他にも……?」

「実は、天音さんが黒崎さんにかけた催眠術は、もう1つあるのです」

「!?」


 催眠術が……他にも!?

 今まで、そんなことは考えていなかったので、衝撃が大きい。


「その催眠術には、こうやって頬を撫でられると、相手に親近感を抱いて、味方だと思い込む効果があります」

「……!?」


 今度こそ、俺は早見の手を振り払おうとした。

 しかし、その前に、早見は手を引っ込めている。


「申し訳ありません」

「謝って済む問題か!? さすがに、許せる限度を超えてるだろ!」

「ですが、黒崎さんが私の腹部に顔を押し付けた時には、一言も抗議しませんでしたよ?」

「俺があんなことをしたのは、催眠術のせいだったんだろ!? あのことを根に持ってるなら、ただの逆恨みじゃねえか!」

「……そうですわね」

「お前……いい加減にしろ! 生徒会長に訴えてやる! 死ぬまで百叩きにされちまえ!」

「そのような、酷いことを仰らないでください。私としても、反省して……償いのために、最高の思い出作って差し上げたいと思ったのです」

「最高の思い出って……お前……」


 そんなことを言ったら、俺がどういう行為をイメージするかなんて、こいつは百も承知のはずだ。

 だが、そんな行為を、早見が許すはずがない。


「もちろん、私は黒崎さんの子を身籠もるわけにはまいりません。ですが、そういうリスクのない行為であっても、楽しんでいただくことは可能です。私は、黒崎さんの願望の大半を把握しているのですから」


 早見は、真剣な表情で言った。

 その顔は、俺をからかっているように見えなかった。

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