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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第239話 早見アリス-26

「……それで、お兄ちゃんに何の用なんですか?」


 桃花は、早見のことを疑っているような目で見ながら言った。

 かなり警戒しているようだ。


「『お兄ちゃん』ですか。桜子さんの願いは叶ったようですわね。おめでとうございます」

「……」

「それと、美樹さんと黒崎さんは義姉弟関係になったそうですね。そのことにつきましても、お祝いを述べさせてください。おめでとうございます」

「ありがとうございます、アリスさん」


 美樹さんは、素直に嬉しそうな反応をした。


 そういえば……美樹さんの存在感が薄いのって、地味な装いと、力感のない動きのせいなんだな……。

 動きそのものについても、なるべく小さく動いているような印象を受ける。


 早見と比較すると、自分をなるべく目立たせないように生きてきたことが伝わってきた。


「黒崎さんへの用というのは、以前お約束したデートの件ですわ」

「そんな約束してないだろ!?」

「あら。一緒に、プールに行くとお約束したではありませんか。まさか、お忘れになったのですか?」

「あっ……」


 完全に忘れていた。


 そういえば、北上と一緒に、そんな約束をしたな……。

 もう、遠い昔の話のようだ。


 だが……こいつは、俺が命を狙われるかもしれない状況で、プールで遊ぶつもりなのか?

 普通に考えてあり得ないだろう。


 それに、北上は、俺の記憶を操作しただけでなく、メールを送るように催眠術をかけたのである。

 花乃舞に、その事実を知られたことについては、こいつだって察しているはずだ。

 今さらこんなことを言い出すのは、一体……?


 ……!?


 俺は、改めて早見に目を向けた。

 早見は、世間話をしているような態度を崩していない。


 だが、これがデートの誘いではないことは明らかだった。


「まあ! それは、とても楽しそうですね」


 美樹さんは、事情が分かっているはずなのに、いつもと変わらない調子で言った。


「ですが……和己さんは、危うい立場にいるはずです。こんな時に、遊びに出かけるのは……」

「それに、その女は神無月の幹部です。梅花様が、神無月に合併を持ちかけている情勢で、和己さんを預けるなどあり得ません」


 双葉さんと葵さんが異論を唱えた。

 他のメンバーも、2人の言葉に同意しているようだ。


「ご心配いただき、痛み入ります。ですが、プールは、花乃舞の施設を手配していただきました」

「花乃舞の……?」

「はい。楓さんは、私のお願いであれば、ほとんど叶えてくださいますので」

「……」


 多賀城先輩……早見のことが苦手だと言っていたからな……。

 こいつに頼み込まれたら、断る勇気がないのかもしれない。


「楓が手配した花乃舞の施設でも、貴方と遊ぶのであれば、神無月に引き渡すようなものです。大した違いはないでしょう?」


 花乃舞のメンバーの中でも、早見に対して特に攻撃的な姿勢を見せている葵さんが、噛み付くように言った。


「そう仰ると思いましたので、プールには、花乃舞の方もお誘いしております」

「花乃舞の……? 誰のことですか?」

「それは、黒崎さんのお楽しみとしておきましょう」

「話になりませんね。それでは、和己さんを預けることはできません」

「あら。黒崎さんは、きっと私達とデートしたいはずですわ。神無月からは、黒崎さんが恋い焦がれていらっしゃる方も参加するのですから」

「それは、まさか……春華さんの妹さんのことですか?」

「いいえ。お誘いしても、玲奈さんは応じないと思いますわ」

「……では、どなたですか?」

「黒崎さんには、見当が付いていらっしゃるはずですわ」


 そう言って、早見は俺に笑いかけた。



 当然、誰が来るのかは分かっている。

 早見が言っているのは、北上のことだ。


 そもそも、プールでのデートは、俺と早見と北上の3人で、という話だった。

 俺が恋い焦がれている相手だと表現できるのは、記憶を消される前は恋人の関係にあった北上に違いない。


 そして、俺と北上が会うのは、デートするためではなく、催眠術を解除するためだ。


 おそらく、俺に催眠術がかかったままでは、花乃舞が困るのだろう。

 俺が任せられる予定になっている仕事では、この町の、花乃舞も含めた秘密に接することになるのだ。


 一刻も早く解除するように、花乃舞の当主から指示されていても不思議ではない。


 もちろん、俺にとっても、俺の身近にいる女性にとっても、催眠術を解除するのは良いことだ。

 このままだと、いつまで経っても俺はスマホを所有できないし、ひょっとしたら、他人のスマホでメールを送ってしまうかもしれないのである。


 これ以上、俺の異性との交際についての話や、生々しい妄想の内容を暴露されたくない。

 本当なら、今すぐに北上を連れてきて、催眠術を解除してもらいたいほどだ。



「皆様。和己さんのことを心配してくださっていることは分かりますが、交際の邪魔をしてはいけません」


 美樹さんは、そう言ってくれた。

 事情を把握しているので、早見の目的を理解しているのだろう。


 しかし、双葉さんは不安を隠せない様子だ。


「ですが、美樹さん……和己さんは、春華さんの妹さんとお付き合いしているはずです。他の神無月の女性と交際したら、問題になるのではないでしょうか?」

「その点につきましては、私から玲奈さんに説明して、納得していただきましょう」

「いいえ、美樹さん。その必要はございませんわ。神無月において、既に話し合いを行なっておりますので。私達のルール上では、玲奈さんは、最も優先される女性ではありませんから」

「……そうなのですか?」

「はい。玲奈さんよりも早く、黒崎さんとの交際を申し出た方がいらっしゃるのです。神無月の内部のトラブルによって、現在のような状況になってしまいました。ですから、その方と黒崎さんが交際しても、神無月としては問題だと考えておりません」

「それは……春華さんの妹さんも納得している話なのですか?」

「いいえ。玲奈さんは、あくまでも自分が正統な交際相手だと考えていらっしゃいます」

「……それでは、問題があることに変わりないではありませんか」

「解決する目途はついています」

「本当ですか?」

「はい。ですから、心配なさらないでください」


 そう言って、早見は笑顔を浮かべた。


 こうしていると、ハッタリを言っているようには思えない。

 だが、俺と北上が付き合って、宝積寺に納得してもらえるはずがない。


 一体、どうするつもりなのだろうか?


「お待ちなさい。神無月内部のことはどうでもいいのですが、結局、和己さんの身が危ういという問題は解決していませんよ?」


 葵さんに責められても、早見は笑顔を崩さなかった。


「それほど心配していただけるのでしたら、桃花ちゃんと雅ちゃん、そして渚ちゃんを招待いたします」

「私達を……ですか?」


 名指しされて、桃花は驚いた顔をする。

 松島も驚いた様子だが、雅は表情を変えなかった。


「はい。さすがに、初対面の方々が多いと、神無月のメンバーが萎縮してしまいますので。桃花ちゃん達であれば、そのような問題は生じませんし、花乃舞の皆様も安心していただけるでしょう?」

「……」

「いかがでしょう? 桃花ちゃんは来ていただけますよね?」

「もちろんです」


 桃花はそう言ったが、早見の真意を探っているようだった。

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