第23話 矢板円-1
「ねぇ。黒崎君ってさあ、水守ちゃんたちと結婚したんだよね?」
御倉沢家に呼び出された翌日。
いつもどおりに登校すると、教室に入った途端に、クラスメイトの矢板円が俺に話しかけてきた。
同時に、教室の中が静まり返る。
その場にいる全ての者の視線が、俺達に集まった。
当事者の1人である一ノ関は、驚きに目を見開いていた。
どうやら、御倉沢が発表したから知られた、というわけではないようだ。
「お前……そんな話を、誰から聞いたんだ?」
「やだぁ、黒崎君ったら! どこから情報を手に入れたかなんて、話せるわけがないでしょ? それにしても、一度に3人と結婚して、その翌日には愛人と登校するだなんて、黒崎君って意外とゲスだよね」
矢板は、そう言って、楽しそうにケラケラと笑った。
……このクラスの金髪の女には、俺を不愉快にしなければならない決まりでもあるのだろうか?
目の前の女の、早見よりは暗い金色の髪を見つめながら、俺はそんなことを思った。
「円さん。貴方には関係のないことよ」
平沢が険しい顔で言った。
しかし、矢板は平然としている。
「麻理恵ちゃん、駄目よぉ? こういう男の子には、去勢してでも大人しくしてもらわないと」
「余計なお世話だわ」
「麻理恵ちゃんは、もっときちんとした子だと思ってたんだけどなぁ。ちょっとガッカリしちゃった」
「……」
矢板に軽い口調で言われて、平沢は傷付いた様子だった。
優等生の平沢が、正面から非難されることなど、滅多にない。
クラスの女子の多くが、矢板と俺のことを、非難するような目で見た。
「矢板円。麻理恵さんや黒崎君を責めないで」
一ノ関がそう言うと、矢板は意外そうな顔で一ノ関の方を見た。
「あれ? 水守ちゃんは怒ってないのぉ? 御倉沢では、自由恋愛なんて許さないと思ってたのに」
「……複雑な事情があるもの。部外者には分からないわ」
「知ってるよ? 神無月が、間違えて黒崎君を呼んじゃったんでしょ? それで、いつの間にか玲奈ちゃんと仲良くなっちゃって、取り返しがつかなくなったんだよね? 神無月って、ちょっと間抜けだよね? それで、慌てて他の女の子を押し付けるなんて、何ていうか、御倉沢もテキトーな感じだよね?」
「……」
クラスの中で、皆から一身に非難の視線を浴びても、矢板は全く動じた様子がなかった。
ここまで、周囲に喧嘩を売りまくるとは……。
こいつは、一体何者なのだろうか?
2つの家を非難したことから、矢板が御倉沢にも神無月にも所属していないことは想像できる。
つまり……残る1つに所属しているのだろうか?
「円さん。いつもどおりの辛辣なご意見ですわね」
何故か楽しそうな口調で、早見が言った。
こいつは、神無月のことを悪く言われても、不愉快だと思わないらしい。
「えー? 違うよぉ。私が普通で、皆がおかしいんだよ?」
「全ての人類が円さんのような性格でしたら、おそらく、遥か昔に絶滅していたでしょうね」
「でも、アリスちゃんだって、本音を隠さないでしょぉ?」
「はい。ですが、私は常に女の子の味方ですから」
「そうよねえ。だから私、アリスちゃんのことは好きよぉ?」
「まあ! それは嬉しいですわ」
早見は、自分に近寄った矢板を抱き締めるようにしながら髪を撫でた。
矢板の方が早見よりも背が高いのだが、まるで、早見が姉で矢板が妹のようである。
クラスの皆が、そんな2人から目を逸らして、興味を失ったかのように散って行った。
この場は早見に任せる、ということなのだろう。
早見は皆にとって、特別な存在であることが感じられる。
やはり、魔力量が理由なのだろうか?
「大河原先生。矢板って、花乃舞の人間なんですか?」
いつもの授業中に、俺が尋ねると、大河原先生は驚いた顔をした。
「まあ! 黒崎君、駄目よ? 学校では、どの家の所属かなんて、気にしてはいけません」
「俺は、そもそも、全員の所属を知らないんですよ。そのせいで、クラスの人間関係が分からないんです」
「そんなこと、意識しなくても良いのですが……いいえ、現実には、そうではないのでしょうね。皆、どうしても家を意識してしまいます。学校にいる間だけが、御三家の垣根を越えることができる時間だというのに……」
大河原先生は、悲しそうな顔をした。
この人は、所属に関係なく、皆に仲良くしてほしいようだ。
「円は……頭のいい子です。だから、皆さんが考えていることを、正確に予測できるんです。そして、それを口に出すことについて、ほとんど躊躇しません。それが、正しいことだと信じているからです」
「何て迷惑な女なんだ……」
「……そんな風に言わないで。花乃舞家は、御倉沢家と神無月家の間を取り持つ役割を担っています。円は、皆さんの不満を解消することに、貢献しようとしているのです」
「でも、矢板の言葉は、逆に対立を煽ってるじゃないですか。単に、空気が読めないだけですよ。あいつ、宝積寺に殴られたことがあったりしませんか?」
「……円は、宝積寺さんについては、何も言わないんです。何かを言えば、宝積寺さんに殺されてしまうリスクがあることを認識しているのでしょう」
「……物騒なことを言いますね、先生?」
「宝積寺さんが、時々怒りをコントロールできなくなることは……皆が知っていることだもの」
「矢板も、さすがに命は惜しいんですね」
「いいえ。まだ死ぬべき時ではない、ということです。花乃舞家の人間は……良くも悪くも、保身を考えませんから」
「理解できない話ですね。一体、何に命をかけてるんですか?」
「……黒崎君、授業を続けます」
先生は、俺の質問に答えなかった。
俺も、それ以上は先生を問い詰めなかった。
とにかく、御三家とやらは胡散臭い。
それが印象だった。




