第231話 御倉沢吹雪-12
「お忙しいと思いますが、時間があれば、いつでもいらっしゃってください。お邪魔でしたら、お二人だけでお話しいただきますので」
美樹さんは、両手を合わせながらそう言った。
「私は、美樹さんがいらっしゃっても構いませんが……」
「そう仰らずに。お二人だけであれば、スキンシップを楽しみやすいでしょう?」
「……念のために申し上げますが、私と百合香さんは、あくまでも仲の良い友人です。恋愛をしていたわけではありませんからね?」
「恋愛関係でなくても、頬にキスをする程度のことはあるでしょう?」
「……確かに、当主になる前は、そういうこともありましたが……」
生徒会長は、少し気まずそうな顔をしながら言った。
意外な話を、桃花は興味深そうに聞いており、松島は顔を真っ赤にしている。
百合香さんは、耳まで真っ赤になった。
「言っておきますが、当主でなかった時でも、そういうことをした相手は百合香さんだけです。それほど、百合香さんは特別なのです」
「そんなこと、強調されても困るんですけど……」
俺がそう呟くと、生徒会長は俺を睨んだ。
「和己。貴方のことですから、百合香さんとの関係も期待しているのでしょう? ですが、貴方と百合香さんでは、容姿も魔力量もかけ離れすぎて釣り合いません。もっと良い男性に任せるので諦めなさい。私が男だったら、迷わず百合香さんにプロポーズしたでしょう」
「……」
生徒会長が、ここまで言うなんて……やっぱり、百合香さんって、美人すぎるから特別なんだな……。
それにしても、こんなに百合香さんがビックリするような会話を続けていて、良いのだろうか?
本人は、茹で上がったみたいになっているが……。
「安心してください。兄が百合香さんに手を出さないように、私が注意しておきますので」
桃花は、そんなことを言った。
だが、言われなくても、俺が百合香さんに手を出すなんてあり得ない。
迂闊な言動をしたら、暴発した魔法で、俺が消し飛ぶかもしれないからだ。
「良いでしょう。本日は、そういったことも含めて話そうと思っておりました」
「……で、では……私は失礼いたします……」
百合香さんは、雅と松島に、支えられるようにしながら出て行った。
俺と桃花は、生徒会長と向かい合って座る。
美樹さんは、脇に控えるような位置に移った。
やはり、御倉沢家の当主である生徒会長の方が、美樹さんよりも形式的な立場が上なのだろう。
「和己。少し疲れているようですね?」
生徒会長は、俺を心配している様子で言った。
怒らせてしまったと思ったので、少し意外だ。
「昨日は、色々あったので……」
「そうですか。貴方には、花乃舞は刺激が強すぎるのかもしれませんが、決して慣れてはいけません。それが当たり前だと感じるようになったら、香奈や雫を抱いた時に興奮できなくなってしまいます」
「そういう心配をしてたんですね……」
「当然です。あの子達には、子供を産む権利があります」
「……一ノ関たちは、今回のことを、どう思ってるんですか?」
「あの子たちには、花乃舞との取引の都合で、和己には一時的に移籍してもらった、と伝えました。考えがあるので、貴方と顔を合わせても問い詰めないように言ってあります。おそらく、納得はしていないと思いますが、詳しい話をすることはできませんから」
「そうですか……」
「このような事態になってしまい、申し訳ありません。普段の梅花様は、積極的に動くことはないのですが……」
美樹さんは残念そうに言った。
この人であっても、花乃舞の当主から全てを教えてもらえるわけではないらしい。
今回の出来事を、予知することもできなかったようだ。
「お気になさらないでください。私にとっても、今回の梅花さんの動きは予想外でした。それが可能な状況であっても、他の家と合併するなど、梅花さんが望むことだと思えませんから。当初は、美樹さんが計画したことなのではないかと疑ったほどです」
「私がそのような提案をしても、梅花様は採用しません。きっと、梅花様には今後の展望があるのでしょう」
「そうであれば良いのですが……」
生徒会長は首を捻った。
今回の事態は、さすがの生徒会長でも、想定外すぎて腑に落ちないらしい。
「お姉様、お呼びしていた方々がいらっしゃいました」
戻ってきた雅が、美樹さんにそう告げた。
「呼んだ……?」
「失礼いたします」
そう言って、部屋に入ってきたのは大河原先生だった。
さらに、その後ろに、見慣れた女が付いてきていた。
「宝積寺……!?」
「……お邪魔します」
宝積寺は、先生と一緒に、美樹さんと並ぶように座った。
とても居心地の悪そうな顔をしている。
「これで、全員が揃いましたね」
「ちょっと待ってください。先生はともかく、宝積寺も呼んだんですか?」
「当然のことです。今回の主なテーマは、貴方が大河原姉妹の両方と結婚することなのですから」
「いや、それは桃花が勝手に言ってるだけです!」
「……私は、黒崎さんに勉強を教えるために来ただけです。学校がない日は、そうするお約束でしたので……」
そう言いながらも、宝積寺は決して俺と目を合わせようとしない。
やはり、本心では、俺の結婚のことが気になっているようだ。
「そうですね。神無月の人間である貴方は、あくまでも部外者です。しかしながら、後になって感情的になられても面倒なので、この場で了承することを要求しています」
「……」
宝積寺は、時々見せることのある、拗ねたような顔をした。
今回の展開については、納得していないようだ。
「それでは、和己。貴方は、大河原先生との結婚を了承したということで問題ありませんね?」
「……はい」
仕方がないので、俺は肯定した。
宝積寺は、それに対して、何の反応も示さなかった。
きっとこうなる、と覚悟していたのだろう。
決して、喜んでいるわけでも、受け入れているわけでもないとは思うが……。
「おめでとうございます」
美樹さんは、本当に嬉しそうに言った。
この人は、交際も子作りも制限なく推進するようなスタンスなので、こういう反応になるのだろう。
そして、美樹さんの言葉に、宝積寺は困った顔をした。
美樹さんがこういう人だということは、こいつも知っているはずだ。
文句を言うわけにもいかないらしい。
「良かったね、お姉ちゃん」
桃花も嬉しそうだ。
俺の記憶を消してまで、自分の姉の願望を叶えようとしたのだから、当然の反応だろう。
「御倉沢と花乃舞の人間が結婚するのは、極めて珍しいことではありますが、禁じているわけではありません。ですが、私から、大河原先生に確認したいことがあります」
「……何でしょうか?」
その時、生徒会長は、少し意地の悪そうな顔をした。
「貴方は、どうして和己を選んだのですか?」




