第221話 槻木この実-1
「和己さんが美樹さんの弟になられたのであれば、自分の妹との関係が気になるのは仕方のないことだと思います。私からも、萌ちゃんのことをお願いしたいです」
双葉さんの後ろに控えていた女性がそう言った。
非常に背の高い女性だ。
白石先輩に匹敵するほどの長身で、金色の髪を無造作に伸ばしている。
そして、遠目に見ても分かるほど胸が大きい。
身体のバランスは先生よりも良いのだが……この大きさだと、ひょっとして、体積は先生と互角以上……?
「……萌ちゃんって、藤田先輩のことですよね? 貴方は、藤田先輩の……?」
「はじめまして。私は、小金井芽里瑠と申します。萌ちゃんは、私と父親が同じなので、実の姉妹なんです」
「何かの間違いじゃないんですか!?」
「よく言われます」
そう言って、俺よりも背の高い女性はニッコリと笑った。
俺は、目の前の女性を改めて観察した。
長身で巨乳、さらに大人っぽい雰囲気で、藤田先輩の姉だと疑える要素は金髪や肌の白さだけである。
似ていないと思った大河原姉妹よりも、さらに似ていないように思える。
「お兄ちゃん、芽里瑠さんに失礼だよ。顔は萌さんにそっくりでしょ?」
桃花はそう言ったが、この人と藤田先輩の顔が似ているとは思えない。
いや……ある意味では似ている、のか……?
「姉妹というよりは親子ですね」
「よく言われます」
「お兄ちゃん……芽里瑠さんはお姉ちゃんと同い年なんだよ? 萌さんとは3歳しか違わないんだからね?」
「先生とこの人が……? それは……すごい学年だったんですね」
「そういうことを、芽里瑠さんの胸を見ながら言っちゃ駄目だよ!」
「構いませんよ。私と桜子さんが中学生の頃には、男の子から『二大山脈』などと呼ばれていましたから」
「……」
何と言うべきか分からなかったので、俺は、雅から渡された名刺で芽里瑠さんの名前を確認した。
「ですが、女の子って、結局は小さくて可愛らしい子が愛されるでしょう? 私達の学年でも、あかりさんが一番人気でしたから」
「……そうかもしれませんね」
「ですから、小さくて可愛らしい萌ちゃんには、良い男性と結婚してほしいのです」
「藤田先輩には白石先輩がいるでしょう?」
「利亜ちゃんは男性が好きな人です。萌ちゃんは可哀想ですけど……なるべく早く諦めて、女としての幸せを掴んでくれたらと思っております」
「……」
「芽里瑠さん、萌のことを心配するのは理解できますけど、先に萌を説得した方がいいと思いますよ? 和己君の好みの問題だってあるんですから」
芽里瑠さんの後ろにいた、赤い髪の女性がそう言った。
どこか、自信に満ちたような顔をしている。
「あんたは?」
「岩切茜よ。年齢は19歳。これからよろしくね」
そう言って、赤い髪の女性は、桃花がいない方の俺の手を握った。
躊躇がないというか、慣れているような印象を受ける。
「……どうも」
「和己君と親しい女の子に、私と同じような髪色の子がいるでしょ? お節介だと思うけど、和己君の好みがああいう子なら、萌はちょっと違うのかなって思うんだけど?」
「一ノ関のことですか?」
「そう、一ノ関水守ちゃん。あの子、可愛いわよね。胸も大きいし、御倉沢に置いておくのは勿体ないわ。花乃舞に来てくれたら、思いっきり可愛がってあげるんだけど」
「……髪が赤い女性なら、あかりさんと、その妹もいますけど……」
「やだ、和己君ったら。あかりさんとあきらちゃんは、神無月の主要なメンバーじゃない。私なんかがお近付きになれるような人達じゃないわよ」
「……花乃舞は神無月と合併するんですよね?」
「そうなっても、神無月は神無月で仲良くするでしょ? 人ってそういうものよ」
「……」
そんなことを言うなら、一ノ関だって、花乃舞の人間とは仲良くしないと思う。
それに、この人の場合、少し理由が不純な気がする……。
とりあえず、俺は名刺で茜さんの名前を確認した。
芽里瑠さんと比べれば、オーソドックスな名前だ。
「茜ちゃん。そんなことを言われても、和己君が困ると思います。御倉沢は仲間意識が強いですから」
小柄な、焦げ茶色の髪の女性が、茜さんの袖を引っ張りながら言った。
「そうそう。花乃舞の子を和己君に勧めるなら、萌よりこの子の方だと思ったの」
「……そういうのはいいです」
「遠慮しないで。この子は槻木この実ちゃん。私と同じ19歳なの」
「……よろしくお願いします」
頭を下げた女性の容姿は、かなり目を惹いた。
だが、好印象かと言われると困ってしまう。
目の前の小柄な女性は、須賀川と同程度の体格だが、胸だけは須賀川よりも二回りか三回りほど大きい。
残念ながら、性的な魅力を感じるよりも、身体のアンバランスさが気になるサイズだ。
先生の体型には慣れてきたが、この人の前で、どういう反応をすれば良いのかが分からない。
「あの……言われなくても分かりますから」
「……すいません」
「いえ……同じような反応をされた経験が多いだけなので……」
「この実さん、気にしない方がいいですよ? お兄ちゃんは、お姉ちゃんに対しても、最初はそうだったんですから。でも、今では触って喜んでます」
「桃花、余計なことを言うな」
「……それを聞いて、ちょっと安心しました」
「……」
やはり、限度を超えて大きくなった女性には、同じような悩みがあるらしい。
性的な対象として見られる方が、気味悪がられるよりはマシということだろう。
俺は、この実さんの名前を名刺で確認した。
「お兄ちゃん。お詫びに、この実さんの肩を揉んであげなよ。ずっと前から、肩凝りで悩んでるらしいから」
「そうなんですか?」
「体質的に、凝りやすいんです……」
「嫌じゃなければ揉みますよ?」
「……では、また今度でよろしいですか? ここでは、ちょっと……」
「人前で肩を揉むと、問題があるんですか?」
「……変な声が出たりしたら、恥ずかしいじゃないですか」
「……分かりました」
「良かったですね、この実さん」
「肩だけじゃなくて、胸も揉んであげれば? これだけあるのに、男の経験がないなんて勿体ないわよ」
そう言いながら、茜さんはこの実さんの後ろから手を伸ばし、胸を持ち上げるようにしながら揉んだ。
この実さんは、小さな悲鳴のような声を出した。
「茜ちゃん……。せめて、男の子の前では揉まないでください……!」
「いいでしょ、年下の男の子が興味を持ってくれたら最高じゃない」
「……」
この実さんは、救いを求めるように俺を見た。
「女性同士でも、勝手に揉むのは良くないと思いますけど……」
「あら、和己君って紳士なのね」
「そういうわけでは……」
「当たり前じゃないですか。お兄ちゃんは、美樹さんが弟にした男性ですよ?」
「そうよね。美樹さんが弟にするなら、無害な子を選ぶわよね」
「……」
ただ、目の前の光景の刺激が強すぎただけなのだが……。
そのことは黙っておくことにした。




