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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第215話 館腰美樹-7

「美樹さんが自分に似てるって、宝積寺は気付いてるんでしょうか?」


 俺が尋ねると、美樹さんは首を振った。


「おそらく、気付いていらっしゃらないでしょう。そのようなことを考えるのは、おこがましいと思っていらっしゃるご様子ですから」

「……」


 宝積寺は、そういう女だ。

 客観的なことよりも、主観的な情報を正しいと思い込む。


 まあ……俺だって、自分の外見なんて、よく分かっていないものなのかもしれないが……。


「美樹さんは、宝積寺のことを、実の妹のように思ってると言いましたけど……あいつの本性について、どう思ってるんですか?」


 俺は、美樹さんに一番尋ねたかったことを質問した。

 すると、美樹さんは俯いて、十秒以上は沈黙した。


「……それは、とても一言ではお伝えできません。ただ、前提として……私には、人を殺すことはできません。誰かが人を殺すところも見たくありません。そもそも、人と人が争うところを見るのが嫌なんです」

「……」

「ですが……だからといって、玲奈さんのことを嫌いにはなりません。むしろ、玲奈さんは素晴らしい人だと思います」

「それは……あいつが、美樹さんにとって妹だから……ですか?」

「いいえ。玲奈さんが、私にはできないことをできる人だからです」

「……それって、まさか……宝積寺は人を殺せるから素晴らしい……という意味ですか?」

「仰るとおりです」

「……」


 とても意外な言葉だった。

 まさか、美樹さんが、こんなことを言うなんて……。


「驚くのも無理はありません。私も、簡単に割り切ってはいけないことだと思っております。ですが……異世界人に大切な人を殺されそうになった和己さんであれば、理解できるのではありませんか? この町では、綺麗事だけで生き抜くことはできないのです」

「だからって、相手を殺さなくても……」

「相手に魔法を放つということは、それを浴びた相手を殺してしまうリスクを負うことを意味します。つまり、魔法を使用する相手との戦闘は、相手を殺す覚悟がなければ成り立たないということです」

「……でも、魔法で身体能力を強化して相手の両腕を折れば、魔法は使えなくなるんですよね?」

「魔法を放てなければ、それだけ戦術が限定されてしまいます。異世界人は、そこを突いてくるでしょう。それに、両腕を折ったりしたら、相手から恨まれます。人の恨みは簡単には消えません。それは、この町で生きていく異世界人であっても同じです」

「……」

「もちろん、誰も傷付けずに争いを終わらせることができるのであれば、それが一番望ましいでしょう。しかし、戦うことのできない私のような者が、玲奈さんを非難するべきではないと思っております」

「……戦えない?」

「私は、事実上、魔法を使うことができません」

「!?」

「使おうと思えば、使えるのですが……魔力を消費すると、身体に魔素が溜まって、負担がかかるものですから」

「……だったら、イレギュラーの時に、美樹さんは何をしてたんですか?」

「ほとんど何もしておりません。異世界人を、数名ほど保護して連れ帰っただけです。ですから、最後の戦いで私が体調不良だったのは、魔法の使いすぎなどが原因ではないのです」

「……」

「がっかりしましたか?」

「いえ……。美樹さんが参加したから、大河原先生や多賀城先輩が参加したんでしょう? それだけでも、参加した甲斐があったと思います」

「そうかもしれません。ですが、楓さんは戦場に適した方ではありません。あの方は、戦うためではなく、桜子さんを制止するために参加なさったのです」

「……」

「同じような理由で、あかりさんも利亜さんも、戦場に立たせるのに相応しい方々ではありません。そして、由佳さんと桜子さんは、戦うことは平気でも、人を殺して平静でいられるような方々ではありません」

「……そうなんですか?」

「はい。皆様は、本質的には善良な方々ですから。人を殺してしまうような事態に陥らなかったのは幸いでした」

「……早見は? 名前が挙がってませんけど……?」

「アリスさんは、一般的な倫理観に縛られるような方ではありません。人を殺してしまったとしても、心に傷を負うことはないでしょう」

「……!」

「ですが、ご安心ください。アリスさんは誰よりも賢い方です。不可避な状況でなければ、人に暴力を振るったり、殺したりすることなどあり得ません」

「……」


 早見は、俺を救出する時に、異世界人を痛め付けようとした大河原先生を止めたらしい。

 倫理観はともかく、不必要な暴力は振るわないタイプの人間だということだろう。


「なので、花乃舞では、アリスさんを危険な人物だとは考えておりません。玲奈さんについては、そうではありませんでしたが……」

「そうではなかった、って……過去形ですか?」

「花乃舞は、玲奈さんに対する警戒を以前よりも緩めています」

「……どうしてですか?」

「玲奈さんは、ご自宅に侵入された上に、下着姿を見られたというのに、和己さんを殺しませんでしたから」

「いや、それは……!」

「分かっております。和己さんは、あきらさんが忍び込むのを目撃したから、後を追ったのでしょう? そして、隣家に住んでいるのが女性で、しかも一人暮らしをしているとは思っていらっしゃらなかったのですよね?」

「……そうです」

「ですが、それらの主張を、玲奈さんは疑っていたはずです。和己さんの主張を裏付けるような証拠はなかったでしょう?」

「……」

「玲奈さんにとって不都合な姿をご覧になって、不都合な情報を知ってしまった和己さんは、玲奈さんに殺されても不思議ではありませんでした。それでも、玲奈さんは和己さんを殺さなかったのですから、邪魔者を殺して排除する方ではないということです」

「……もしも、俺が風呂を覗いたとしたら……宝積寺は、俺を殺したんでしょうか?」

「玲奈さんの言動を考慮するならば、殺したと思います」

「……」

「ただし、あのような方法は、人間の善悪を判断するためには不適切でした。同じ年齢の女性が突然押しかけてきて、シャワーを浴びているのに覗かなかったのですから、和己さんは善良な方だと思います」

「……警察に捕まるのが嫌だっただけです」

「そうであったとしても、和己さんのおかげで、玲奈さんは自分にとって都合が悪い人間を殺すのではなく、一応は善悪を判断して殺すことが証明できました。その点につきまして、とても感謝しております」

「いや、そんなことを感謝されても……。ていうか、宝積寺は、自分を殺そうとした長町を殺さなかった上に、無罪放免にしたじゃないですか。充分に善良だと思いますけど……」

「それは、あきらさんがあかりさんの妹だからです。そうでなければ、寝室に忍び込まれた時点で殺したはずです」

「……」


 そこまで躊躇がない人間なら、この町の人間だって、2~3人は殺していてもおかしくない。

 改めて、宝積寺のことが恐ろしくなった。

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