第213話 館腰美樹-5
家庭教師の話がまとまって、双葉さんは部屋から出て行った。
「和己さん。実は、貴方に謝らなければならないことがあります」
美樹さんは、先ほどまでとはうって変わって、深刻な表情で言った。
「……何ですか?」
「実は、私も和己さんの日記を拝見しました」
「……!?」
あの、酷い日記を……美樹さんに見られた!?
とんでもないことを告げられて、俺の頭は真っ白になった。
「嫌な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
「……どうして、美樹さんが、俺なんかの日記を……?」
「それは、貴重な資料だからです」
「貴重って……俺なんかの日記がですか……?」
「はい。嘘偽りのない情報は、たとえ主観によるものであったとしても、他の情報と照らし合わせることによって信憑性が上がります。花乃舞では、より真実に近い情報を集めることによって、この町の秩序を維持しているのです」
「秩序の維持……ですか?」
「住民の能力や性格、関係性について知ることができれば、治安の維持に役立つでしょう? 特に、外からいらっしゃった方々については、幼い頃の情報がありませんので……」
「あの……俺の日記の情報は、誰が知ってるんですか?」
「私と梅花様と雅さん、それと桜子さんです。おそらく、桃花さんも全て読んだと思います」
「雅まで……」
「申し訳ありません」
「……それで、俺が悪事を企んでたら……どうするつもりだったんですか?」
「その点については、私は関知しておりません」
「……」
「ただ……私達の役割については、玲奈さんが仰っていたとおりです。そして……吹雪様と愛様も、そのことを認識して、許容していらっしゃるはずです」
じゃあ、俺が犯罪の計画を立てていたら、消されていたかもしれないのか……!
いや……あの日記の内容は、セーフなのか?
俺は、思い切って美樹さんに尋ねた。
「あんな日記を読んで……美樹さんは、どう思いました?」
「和己さんは良い人だと思いました」
笑顔で言われて、皮肉ではないかと思った。
だが、美樹さんからは、こちらを非難するような雰囲気を感じない。
「……そんな気休めは言わないでください」
「気休めではありません。これは私の本心です」
「……どうして、俺が良い人だと思うんですか?」
「あの日記をよく読めば、和己さんが倫理的な抵抗感による悩みを抱えていることは分かります。そのような悩みは、本気で女性に何をしても良いと考えていたら、抱える必要のないものですから」
「……」
この人……「良い人」のハードルが異常に低いんだな……。
ただ、取り繕っているわけではなく、自分が口にしたことを本気で思っているようだ。
その点については、感心してしまった。
「あの、美樹さん……できれば、色々と教えてほしいことがあるんですけど……」
「構いませんよ。私は無断で和己さんの日記を読んだのですから、お答えできることには全てお答えします」
「……だったら、美樹さんの年齢を教えてもらってもいいんですか?」
「24歳です」
「……若く見えますね」
「ありがとうございます」
そう言って、美樹さんは可愛らしい笑顔を浮かべた。
この人……大河原先生よりも若く見えるな……。
それなのに、ちゃんと大人っぽい雰囲気も持ち合わせているのが不思議なところだ。
「ついでに、スリー……いや、やっぱりいいです……」
「構いませんよ」
「いいんですか!?」
「はい。知られても困ることはありませんから」
そう言って、美樹さんは自分のスリーサイズを明かした。
「……!?」
この人……スレンダーに見えるのに、それほどのスタイルを備えているのか……!?
まさか、この人も胸にさらしか何かを巻いているのか?
「あの、大変申し訳ないのですが……私は、花乃舞の女性としては胸もお尻も小さいので、和己さんの期待にはお応えできないと思います」
「……そうなんですか?」
「はい。皆様の身体を数字で表したら、もっと大きくなるはずです」
「……」
改めて、花乃舞の連中は規格外なのだと認識する。
今まで数字を教えてもらったことはないので、もっと常軌を逸した数字の女が多いのだろう。
「いや、でも……どれだけ大きいかよりも、誰の身体なのかが重要ですから」
「そういうものなのでしょうか?」
美樹さんは、ピンと来ない様子である。
まあ……あの日記では、「デカい」ことを強調しまくったからな……。
いや、それよりも……この人のウエストって、絶対に内臓が入ってないだろ……。
宝積寺や早見、北上といった連中に共通して言えることなのだが……。
……美樹さんの身体的な情報を教えてもらうのは、このぐらいにしてもらおう。
これ以上、詳細に聞き出してしまうと、宝積寺や桃花に殺されかねない……。
「美樹さんって、魔素のせいで身体に負担がかかってるんですよね? 外に行こうとは思わないんですか?」
「思いません。私には、この町の皆様を見守る義務があると思っております」
「……でも、命がかかってるんですよ? 美樹さんにもしものことがあったら、沢山の人が悲しむと思いますけど……」
「私が、皆様を見捨てるのが嫌なのです。誰かを助けることができるなら、私の命など惜しくありません」
「……」
「それに、私の身体に負担がかからないように、藤花様にこの家を建てていただきました。さらに、特別に外へ行く許可をいただいております」
「……でも、美樹さんがいるからって、この町の人間を全員助けられるわけじゃありませんよね? むしろ、皆が美樹さんに頼るのをやめて、お互いを助ける意識を強くした方がいいと思いますけど……」
「和己さんのご意見はごもっともです。しかし、自衛に取り組むことを求めるだけでなく、各々ができることをするのが大切だと思っています」
「……」
「それに、私がこの町にいれば、和己さんが誘拐された時のように、助けることができる可能性があると思います。危機に陥っていることが分かりますから」
「えっ……?」
どうして、美樹さんに、この町の人間の危機を察知できるのか?
熱心に情報収集を行ったとしても、リアルタイムで危険な状況を知ることは難しいはずだ。
「声が聞こえるんです」
「……声?」
「和己さんの時には、和己さんのお宅が異世界人によって襲撃されていると教えていただきました。それを聞いてから、急いで駆けつけたのですが……御倉沢の方々を無事に助け出すことができず、大変申し訳なく思っております」
「……ちょっと待ってください。どういうことですか、声って……? 一体、誰の声なんですか?」
「私にも分かりません」
「……」
にわかには信じられない話だった。
本人にも、誰のものか分からない声が……この町の住民の危機を、教えてくれる……?
つまり……美樹さんには予知能力があるのか……!?
この町の住民が使う魔法には、宝積寺姉妹を含めて、何かを操るという共通点がある。
それに対して、予知能力というのは、あまりにも異質だ。
だが、美樹さんに予知能力があるなら、一ノ関達を助けることができた理由を説明できる。
それに、早見が美樹さんを「守り神」と評価したことも頷ける。
俺は、美樹さんの顔を見つめた。
この人……嘘を吐いているようには見えないよな……。
でも、いくら美樹さんの魔力が上限突破していても、一人だけ系統の異なる魔法が使えるなんて、そんな都合の良い話があるんだろうか?
考えても答えを出せず、俺は頭を抱えてしまった。




