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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第210話 館腰雅-1

 俺は、1つの疑問について確認しようと思った。


「なあ、宝積寺……俺と握手してくれないか?」

「……どうしたんですか、突然……?」


 宝積寺は、戸惑いの表情を浮かべた。

 今まで、こんな提案をしたことはなかったので、不審に思われるのは当然だろう。


「いや……この町の女子は、距離の詰め方が性急すぎると思ってな……。そういう手順を踏める関係っていいなと思ってだな……」

「……」

「嫌だったらいいんだが……」

「……いえ。握手をするだけなら……」

「そうか?」

「……」


 宝積寺は、躊躇しながら、俺に右手を差し出してきた。

 俺は、左腕で百合の花束を抱えてから、右手で宝積寺の手を握った。


「……」

「……あの……」

「なあ……できれば、俺の右手を、両手で包んでくれないか?」

「……」

「嫌ならいいんだが……」

「……いえ。こう、でしょうか……?」


 宝積寺は、注文どおりに、俺の右手を両手で包むようにしてくれた。


「……」

「……そろそろ、よろしいでしょうか……?」

「ああ。ありがとな」

「……」


 戸惑った様子のまま、宝積寺は手を引っ込めた。

 俺の意図が分からなければ、困惑するのは当然だろう。


 やっぱり、気のせいではなかった。

 こいつの手の感触は、あの人によく似ている……。


 いや……女の手の感触なんて、ほとんど同じようなものなのかもしれないと思ったりしたのだが……。

 改めて考えてみると、容姿もそっくりなのだから間違いないだろう。


 しかし、本人にはそんなことを考えている様子がない。

 自分の容姿なんて、分かっているようで、よく分かっていないものなのかもしれない。


 今は、それよりも……宝積寺とこんなに触れ合った経験はあまりないので、ちょっと嬉しい。

 そんな俺の気分とは違って、宝積寺は、両手をスカートに擦り付けるようにしている。

 俺の手を握って、そういう反応をされると、結構ショックなのだが……。


「……なあ。さっきから、かなり歩いてる気がするんだが……まだ着かないのか?」

「美樹さんのお屋敷は、町から少し離れた場所にあるんです。美樹さんは魔素を引き寄せるので、町の中心に近い場所に、長い時間はいられませんから……」

「そうか」

「……ひょっとして、私のことを警戒していますか?」

「いや。お前のことは信用してるぞ?」

「……そうですか?」


 言われてみれば、ここで宝積寺が俺を殺して埋めたら、こいつが犯人だと証明するのは難しい気がする。

 だが、そんな心配はしていない。この町では、こいつが一番信用できるからだ。


 そもそも、生徒会長の屋敷から美樹さんの屋敷に俺を送っている最中なのだから、もしも俺が殺されたら、容疑者は宝積寺になるはずだ。

 心配する方がおかしいとも考えられる。


「一応、お伝えしておきますが……美樹さんがいらっしゃらない時には、この辺りの魔素の濃度は低下します。どれだけ魔力を放出しても、魔法を使うことは困難になりますので、注意してください」

「美樹さんがいれば、魔法が使えるのか?」

「そうです。美樹さんの身体の負担をなくすためには、もっと遠い場所に家を建てれば良かったのですが……それだと、美樹さんや雅ちゃんの生活が不便ですから」

「そうか」


 じゃあ、俺よりも身体能力が高い人間に襲われた時に、魔法で反撃することはできないかもしれないのか……。

 それを聞くと、ちょっと不安になる。


 これだって、美樹さんに守ってもらうために屋敷へ行くのだから、心配する必要のないことなのかもしれないが……。



 町から離れる方向に歩き続けて、ようやく建物のある場所に辿り着いた。

 そこには、先生の家や生徒会長の屋敷よりも、遥かに大きな屋敷があった。


「……でかいな」

「美樹さんのために建てられた屋敷ですから」

「……」


 美樹さんのためだけに、ここまでするって……花乃舞にとって、美樹さんは偉大な存在なのだということがよく分かる。


 屋敷に近付くと、1人の女子が佇んでいた。

 その人物を見て、宝積寺が立ち止まる。


「雅ちゃん……」

「お待ちしておりました」


 屋敷の前で待っていたのは、以前、桃花と一緒にいるのを見たことがある女子だ。

 美樹さんの妹である館腰雅である。


 改めて見ても、前の印象と同じで、あまり美樹さんと似ていないと思う。


「お姉様が、お二人のことを待っています。急ぎましょう」

「いえ……私は、黒崎さんを送ってきただけですので……」

「お姉様が、玲奈さんに会いたいと仰っています。ですから、玲奈さんはお姉様と会わなければなりません。よろしいですね?」

「……」


 宝積寺は、完全に気圧されている様子だ。


 館腰雅……こいつは、かなり強引な奴だな……。

 この町では、自分の姉のことが好き過ぎて、他人にとっては迷惑な言動をする奴が何人かいるのだが……こいつの、相手に有無を言わせない態度は突出している。


「黒崎先輩。その花束は、百合香(ゆりか)さんへのプレゼントでしょうか?」

「ユリカさん……?」

「そのとおりです。吹雪様からお預かりして参りました」


 俺の代わりに、宝積寺が答えた。

 どうやら、宝積寺は、生徒会長が百合の花を贈りたかった相手のことを知っているらしい。


「そうですか。では、その花束は私がお預かりします」

「……頼む」


 俺が花束を差し出すと、雅はそれを引き取って両手で抱えた。


「どうぞ、お入りください」

「……お邪魔します」


 館腰雅に促されて、俺達は美樹さんの屋敷に入った。



「黒崎先輩に、お願いしたいことがあります」


 屋敷の中を案内しながら、館腰雅は言った。


「……俺に?」

「私のことは『雅』とお呼びください」

「いや、何でだよ? 俺とお前が会うのは、これで2回目だろ? そんなに親しくもないってのに……」

「それは、私がお姉様の実の妹ではないからです」

「……!?」


 こいつ……いきなり、そんな重大なことを、平然と……!

 一体、どういうつもりなのか?


「雅ちゃん、それは……」

「皆様がご存知のことです」

「ですが、この町で、最も美樹さんと血縁が近いのは雅ちゃんですよ……?」

「そのようなことは関係ありません」

「……」

「……だからって、どうして俺が、お前を名前で呼ぶんだ?」

「皆様にお願いしていることです。美咲さんにはお願いしたので、あとは黒崎先輩だけですから」

「……」


 まさか、こいつ……この町の全員に、同じことを頼んでいるのか……?

 気になって宝積寺の方を見ると、宝積寺はこちらに向かって頷いた。

 どうやら、そういうことらしい。


「……お前の苗字は『館腰』なんだよな?」

「そうです。幼い頃に、血縁関係では伯母にあたる、お母様に引き取られたので」

「……だったら、苗字で呼んでもおかしくないだろ?」

「駄目です。お姉様と同じ苗字だなんて、恐れ多いです」

「……」


 こいつ……この町で、一番重症なんじゃないだろうか?

 それに、どれほど重大なことであっても、やけに淡々と話すのも気になる。


 正直な印象では、あまり関わりたくないタイプの女だ……。

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