表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

210/289

第209話 宝積寺玲奈-20

「あら、思ったより早かったですね」


 生徒会長がそう言ったので振り向くと、宝積寺が部屋を覗き込んでいた。


「……吹雪様が、黒崎さんに再び催眠術をかけたらいけないので」

「そのような行為に及ぶつもりであれば、貴方をここに呼ぶはずがありません」

「私を、油断させるつもりなのかと思いました」

「和己と渚は、私の命令で婚約しました。ですが、御倉沢の女性が何人いても、和己はいずれ貴方に夢中になるでしょう」

「……」

「生徒会長……宝積寺をからかわないでください」

「そうですね。これから、その子に美樹さんのお屋敷までの案内を頼むのですから、いじめたら可哀想ですよね」

「……!?」


 美樹さんの屋敷への案内を……宝積寺が……!?

 どうして、よりによって宝積寺に頼むのか?


 いや……それは、宝積寺がこの町で一番強いからなのだろう。

 しかし、気まずい……あまりにも気まずい……。


「……黒崎さんを、襲撃から守るためです」

「感謝いたします」

「吹雪様のためではありません」


 宝積寺は、顔を逸らしながら言った。



 以前のように、生徒会長は俺達を見送るために外へ出てくれた。

 すると、そこには顔見知りが待っていた。


「本宮……?」

「霜子さん……」


 本宮は、何故か、白い百合の花束を抱えていた。


「花粉は取っておきました」

「ありがとう、霜子。和己、これを美樹さんのお屋敷に持って行きなさい」

「百合の花を……ですか?」

「そうです。花乃舞の方への贈り物は、基本的に花ですから」

「よろしくお願いします」


 本宮から花束を受け取った。

 宝積寺は、その花束を見て、困惑の表情を浮かべる。


「その花は、まさか……」

「何か文句でもあるのですか?」

「いえ……そういうわけでは……」

「私は生徒会長ですから。学校に来られない子に気を配るのは当然です」

「学校に来られない……?」


 俺が、状況を理解できずに呟くと、生徒会長はため息を吐いた。


「花乃舞の人間であっても、人間関係が怖くて悩んでいる子もいるのです」

「……そうなんですね」


 意外だとは思わなかった。

 先生と矢板しか知らなかった時には、攻撃的な人間が多いのだと思い込んでいた花乃舞のメンバーは、会ってみると、イメージよりも遥かに個性的だったからだ。

 中には、対人関係に悩む人物だっているだろう。


「素晴らしいお心遣いです」


 本宮はそう言った。

 お世辞ではなく、本当にそう思っているようだ。


「およしなさい。友人に対して、この程度のことをするのは当然でしょう?」

「生徒会長の……友人……?」

「私に友人がいたら、おかしいですか?」


 生徒会長は、珍しく、少し怒ったような声で言った。

 これには、宝積寺や本宮も驚いたようだ。


「いや、そういう意味じゃなくてですね……。偉い人は、気軽に友達を作れないって話を聞いたことがあるので……」

「……そういえば、貴方は、長町あかりや白石利亜と親しくしていたのですね」


 そう言って、生徒会長はため息を吐いた。


「お姉様は、皆に分け隔てなく接していただけです。決して、友達が少なかったわけではありません」


 今度は、宝積寺がムッとした顔で言った。


「立場のある人間は、簡単には気の置けない友人を作れないものです。貴方の姉も同じだったはずです」

「……」


 宝積寺は不満そうな顔をしたが、春華さんの友達は少なかったと俺に教えてくれたのは、親友だったあかりさんである。

 おそらく、生徒会長の言葉の方が正しいのだろう。


「それでは、和己。美樹さんに失礼のないようにしなさい。宝積寺玲奈、和己をお願いします」

「はい」

「……分かりました」


 俺達は、美樹さんの家に向けて出発した。



 俺は百合の花束を抱えながら、美樹さんの家まで案内してもらうために、宝積寺の後ろを歩いた。

 宝積寺が先を歩くのは珍しいので、その後ろ姿を見たが、すぐに目を逸らした。


 宝積寺は怒っていた。

 顔が見えなくても、怒っていることが伝わってくるほどだ。


「……黒崎さん。女性のお尻を叩くようなことは、二度としないでください」

「怒ってるのはそこなのかよ……」

「一番怒っているのは、そうです」

「……」


 じゃあ、やっぱり、他のことについても怒ってるのか……。

 そう思ったが、わざわざ確認はしなかった。


「桃花ちゃんが悪いことをした、という点については理解しています。それでも、女の子のスカートを捲ってお尻を叩くなんて、決して許されない行為だと思います」

「確かに、あれはやり過ぎだったと思わないわけじゃないが……」

「今度やったら、一生口を利きません」

「……」


 あの程度のことで、そんなに怒るとは……。

 やはり、こいつはエロい言動に厳しい。

 どんなに弁解しても、理解は得られないだろう。


 俺は話題を変えることにした。


「お前、美樹さんとは親しいのか?」

「……!」


 宝積寺は、明らかに動揺した。

 まるで、ずっと秘密にしてきたことがバレた時のようだった。


「……親しいと言えるほどの関係ではありません」

「そうなのか? 美樹さんは、お前のことを、実の妹のように思ってるって言ってたぞ?」

「私なんかが、美樹さんの妹だなんて……それは美樹さんに失礼です」

「お前が妹だったら失礼って……じゃあ、春華さんはどうなんだよ?」

「お姉様は、私の実の姉です。なので、私が妹であることは単なる事実であって、失礼なことではありません」

「……だったら、あかりさんは? お前は、あの人の妹みたいに接してたんだろ?」

「あかりさんは……私が幼い頃から、優しいお姉さんでした。ですが、姉だと思って接していたわけではありません。あかりさんの妹はあきらちゃんだけで、あきらちゃんの姉はあかりさんだけです」

「それじゃあ、お前にとって、美樹さんは何なんだ?」

「……途方もなく偉大な御方です。とても言葉にすることはできません」

「ていうか、美樹さんを実の姉だと思うように言ったのは春華さんだろ? その言葉には従わないのか?」

「お姉様は、私を一人にするのが心配だったから、あのように仰ったのです。本当に、美樹さんの妹になれるとは思っていなかったはずです」

「……」


 俺は、今まで、とんでもない勘違いをしていたことに気付いた。


 宝積寺にとって、春華さんは唯一絶対の存在であり、それに匹敵する人間なんていない。

 それは、俺にとって常識のような認識だったが、完全な思い込みだったらしい。


 まさか、宝積寺が美樹さんのことを、春華さんすら上回るような、雲の上の存在だと認識していたとは……。

 今まで、俺との会話で、ほとんど美樹さんの話題を出さなかったことも、気軽に言及できる相手ではなかったからなのだろう。


「それだったら、どうして美樹さんは『仲間』だったんだ? 仲間っていうのは、普通は対等な関係だろ?」

「それは、お姉様が『戦場で共に戦うのであれば、普段の関係が姉妹であれ、恋人であれ、師弟であれ、皆が仲間として戦場での役割を果たさなければならない』と仰ったからです」

「……それなのに、早見は仲間じゃなかったのか?」

「敵になるおそれのある人なんて、仲間であるはずがありません」

「……」


 前々から思っていたが……こいつは、春華さんの言葉を、自分にとって都合がいいように曲解しているのではないだろうか?

 というより……どうでもいいことにこだわりすぎだろう。

 はっきり言って面倒臭い。


 こんなことを、本人に言うことはできないが……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ