第19話 黒崎和己-3
一度、部屋の外に出て行った一ノ関たちが、普通の服を着て戻ってきた。
3人を眺めながら、自分の説が正しいことを再確認する。
早見の私服を見たことはないが、宝積寺や平沢や北上は、私服の時にも、身体のラインをなるべく出さないような格好をしていた。
それと比べて、一ノ関たちの服は薄手で、脚も出している。
この前の一ノ関の恰好は、俺を誘うために、極端に露出を増やしたわけではないらしい。
3人の服装からは、可愛らしい印象は受けるが、無防備に見えることも確かだ。
化け物と戦ったりしたら、激しくパンチラしてしまうだろう。
まあ……現代の女子なら、この程度の格好は普通であり、宝積寺や平沢の服装の方が珍しいのだろうが……。
「ありがとう、黒崎君。私達を助けてくれて」
一ノ関が、俺に向かって頭を下げた。
「いや……面倒なことになって、悪かったな」
俺がそう言うと、一ノ関は首を振った。
「貴方の妻として恥ずかしくないように、気を付けるようにするわ」
「大袈裟だな……」
「黒崎君……この前は、酷いことを言ってごめんなさい!」
蓮田が頭を下げた。
「……ごめんなさい」
須賀川も、気まずそうな顔をして、頭を下げた。
「お前達を責めるつもりはねえよ」
俺は、2人にそう言った。
平沢から指摘されたことだが、今回のことには、俺にも責任がある。
結果として、早見の嘘が原因で俺と結婚する事態に陥ったことは、気の毒に思えた。
俺達は、御倉沢吹雪と共に表へ出た。
「今後のことについては、全員でよく話し合って決めると良いでしょう」
「……そうさせてもらいます」
御倉沢の当主に見送ってもらうことについて、女子達は恐縮した様子だった。
どんなに酷い目に遭わされても、御倉沢吹雪という女に敬意を払っている3人のことが理解できなかった。
俺の家に送ってもらう途中で、須賀川が最初に口を開いた。
「……黒崎。最初に、はっきりとさせておきたいんだけど」
「何だ?」
「あんた……しばらくは我慢しなさいよ? 香奈や水守が、いいって言っても駄目だからね?」
「我慢……? 何の話だ?」
「子作りに決まってるでしょ」
「おいおい……」
「……まさか、すぐにヤれると思ってたの?」
「そんなことを言われなくても、高校を卒業するまでは、何もする気はねえよ」
「何ですって!?」
「どうして怒るんだよ、お前は……?」
「冗談じゃないわよ! 何のために、2年以上も無駄にしろっていうの!?」
「無駄って、お前……」
高校生が異性と身体の関係になったりすれば、大変な問題になるだろう。
少なくとも停学になるだろうし、退学にだってなりかねないのである。
一体、こいつの貞操観念はどうなっているのか?
「鈴。黒崎君は外の人だから、私達の常識との擦り合わせが必要よ」
一ノ関がそう言うと、須賀川は不満そうな顔をした。
「そんな面倒なことをしなくても、私達の言うとおりにさせればいいじゃない」
「駄目。お互いに納得しないと」
「水守……どうしちゃったの? こいつのことを、随分と尊重するのね?」
「……だって、結婚したから」
「そんなこと……」
「私も、最初に話し合った方がいいと思うな。黒崎君には迷惑をかけたんだから……」
一ノ関と蓮田に説得されて、須賀川は一旦、自分の主張を引っ込めた。
「まあ、いいわよ。でも、黒崎。あんた……宝積寺のことを、一体どうするつもりなの?」
「……あいつには、事情を話して、きちんと納得してもらうつもりだ」
「そうなればいいけど……宝積寺は、完全にその気になってるわよ? 下手すると、あんた、刺されるわね」
「……」
俺は須賀川に反論できなかった。
宝積寺と俺は、正式に恋人関係になったわけではない。
だが、俺達が恋人のように振る舞っていたのは、間違いないことだ。
加えて、俺は宝積寺に勉強を教えてもらい、昼の弁当も作ってもらっている。
今さら、他の女と結婚したから別れよう、などと言ったら、宝積寺は激昂するかもしれない。
御倉沢吹雪は、手紙を書いて届けさせたと言っていたが、それだけで納得してもらえるだろうか……?
俺は、3人に、家の近くまで送ってもらった。
この町には、得体の知れない化け物が存在するかもしれないのである。
そういった危険から、俺を守るために送ってくれたのだ。
「まったく……この辺りは神無月の住まいなんだから、あんたは、すぐに引越しなさいよ?」
「……そうなのか?」
「あんたって……宝積寺や神無月の人間から、何も教えてもらってないの?」
「御三家については、この前聞いたんだが……」
「……それでよく、この町で暮らせるわね?」
須賀川は呆れた様子だった。
「自分達が呼んだのに、何の説明もしないなんて、不誠実だわ」
一ノ関が不快そうに呟く。
「宝積寺は、神無月とやらに、口止めでもされたんだろ?」
「神無月は、御倉沢のように統制されていないはずだけど……」
「それは、宝積寺さんに直接尋ねればいいんじゃないかな?」
蓮田が、周囲の様子を窺いながら言った。
誰かに話を聞かれたら、まずいと思っているのだろう。
「まあ、そうだな……」
「黒崎君。もしも、宝積寺さんとお別れするつもりなら……話を切り出す時は、慎重にしてね? こじれたら、私達も無事じゃ済まないかもしれないから……」
「……気を付ける」
俺は3人と別れ、自分の家へと向かう。
しかし、そこに辿り着く前に足を止めた。
俺の家の隣にある家……その軒先に、見慣れた女が佇んでいることに気付いたからである。
「宝積寺……」
「お待ちしていました」
宝積寺は、表情の消えた顔で俺の方を見ていた。




