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第1話 平沢麻理恵-1

玲奈(れいな)さんと別れて」

「……」


 俺は、金髪の女と出会った翌日の放課後に、クラス委員長の平沢(ひらさわ)麻理恵(まりえ)に呼び止められた。

 訳が分からないまま2人だけで教室に残った挙句、意味不明なことを言われて、どう反応すればいいのか分からなくなる。


 しかし平沢は、俺が何も言わない理由に、異なる解釈を与えたようだった。


「分かっているわ。どうしてそんなことを言われなければならないのか、って言いたいんでしょ?」

「……」

「もちろん、貴方が玲奈さんと付き合っているのは、お互いがそれを望んだからだということは理解しているわ。でも……長い目で見れば、今すぐに別れることが、お互いの傷を浅くするための、最善の方法なのよ」

「……」

「貴方は、きっと玲奈さんのことを誤解していると思うの。あの子は、大人しくて従順そうに見えるかもしれないけど……本当は、すごく難しい子なのよ。とても、貴方の手に負えるような相手じゃないわ」

「……」

「それに、あの子は……普通なら、引っ越してきたばかりの男性にナンパされて、すぐにお付き合いを始めるような性格じゃないはずなの。色々あって、精神的に不安定だったから応じてしまっただけで……我に返ったら、すぐに貴方と別れようとするはずだわ。その時になって深く傷付くよりは……」

「……なあ、1つ質問してもいいか?」


 ひたすら一方的に話す平沢の言葉を、俺は無理矢理遮った。


「何よ?」

「レイナって誰だ?」


 俺がそう尋ねると、平沢は目を見開いた。


「誰って……貴方、まさか……自分の彼女の名前を憶えてないの!?」

「彼女……? ひょっとして、それは宝積寺のことか?」


 ようやく、平沢が誰の話をしているのかに気付く。

 あいつ、そんな名前だったのか。


「当たり前じゃない! 貴方……あの子のことを、どれだけ軽く扱ってるのよ!?」

「そう言われても、あいつとはクラスが違うからな……」

「関係ないわよ!」


 平沢はそう言ったが、関係はある。

 男子は女子を名前で呼んだりしないので、覚える必要がないのだ。

 それでも、同じクラスならば、女子が名前で呼ばれているのを聞く機会があるのだが……他のクラスの女子については、それすらないのである。


 いや……そういえば、俺と同じクラスの早見(はやみ)が、宝積寺のことを名前で呼んでいたことがあったかもしれない。

 しかし、せいぜい数回のことである。毎日のように名前で呼ばれているのを聞いているクラスメイトとは、名前を聞く頻度が違い過ぎる。


「……信じられない。玲奈さんが聞いたら、どれだけショックを受けるか……」

「一応訂正しておくが……そもそも、俺と宝積寺は付き合ってるわけじゃない」

「付き合ってないって……」


 平沢は、俺の言葉が意外だったためか、しばらく凍り付いたようになった。

 それから、何故か、疑惑の目をこちらに向けてくる。


「貴方達は、毎日一緒に登下校しているはずよ? 付き合ってないなら、どうしてそんなことをしているの?」

「あいつの家は、俺の家の隣だからな。登下校のついでに送ってるだけだ」

「ついで、って……」


 俺の言葉を聞いて、平沢は何故か怒りに満ちた表情になり、俺のことを睨んできた。


「じゃあ、毎日貴方が食べているお弁当は何なの? あれが女性が作った物だということは、一目見れば分かるわ」

「ああ、確かに、あれは宝積寺が作ってくれた物だ。俺が買った物しか食ってないから、心配してくれてな」

「貴方ねえ……! そこまでしてもらって、感謝が足りないんじゃないの!?」

「毎日、ちゃんと礼は言ってるぞ?」

「それだけじゃないわ! 聞いたわよ? 貴方……何度も玲奈さんの家に出入りしてるそうね? 玲奈さんは一人暮らしでしょ! 彼女でもないなら、どうして玲奈さんが、男を自分の家に招き入れるっていうの? まさか、貴方……あの子のことを、都合よく利用してるんじゃないでしょうね!?」

「どんなゲスな想像をしてるのか知らないが、俺は、あいつに勉強を教えてもらってるんだよ。あいつは、お前の何倍も分かり易く教えてくれるんだぞ?」

「……」


 俺の答えを聞いて、平沢は頭を抱えてしまった。

 優等生のこいつにとっては、自分が勉強を教えることが下手だと指摘されたのがショックだったのかもしれない。


「あのねえ……! 一人暮らしの女性の家に、気安く何度も入るなんて非常識でしょ!? 勉強なら、もっと人目のある場所で教わりなさいよ!」

「そんなことを言われてもな……」

「この町は狭いし、ほとんどの人が知り合い同士なの! だから、噂はすぐに広まるのよ! ちょっとは玲奈さんの迷惑を考えなさい!」

「俺だって、最初はやめた方がいいって言ったんだ。だが、是非うちに来てほしい、と言ったのは宝積寺だぞ?」

「貴方達がいけない関係になっちゃったんじゃないかと、皆が思ってるのよ!?」

「下世話なことを考える奴の方が悪いだろ」

「うるさいっ!」


 顔を真っ赤にして平沢が叫んだ。

 案の定、優等生のこいつは、この類の話題が苦手らしい。


 それにしても、今になって、こんなことを言ってくるとは……。

 入学した頃は、宝積寺と共に登下校をする際に、冷やかされるんじゃないかと心配したこともあった。

 だが、誰も何も言わないために、自意識過剰だったと反省したくらいなのである。


 昨日の出来事を思い出す。

 今さら平沢がこんなことを言ってきたのは、俺達が、あの金髪の女と接触したことと、何か関係があるのだろうか?


 平沢は、落ち着きを取り戻した様子で尋ねてくる。


「そもそも、どうして玲奈さんが貴方の面倒を見るのよ? あの子は、ああ見えて、自分の身は自分で守れるのよ? 登下校の時に、貴方なんかにエスコートしてもらう必要なんてないはずなのに……」

「それは宝積寺に尋ねてくれよ。元々、あいつの方が、俺に付いて来たんだからな」

「えっ……?」


 平沢は、再び凍り付いたように動きを止めた。

 そして、みるみるうちに顔を蒼白にする。


「……ちょっと待って! ひょっとして……貴方が玲奈さんを口説いたわけじゃないの!? つまり……玲奈さんの方が、貴方に惚れて……!?」

「惚れたかどうかは知らないが……」

「ふざけないで! そんなこと……あってはならないのよ!」

「何だよ? まさか、あいつが、どこかの国のお姫様だとか言わないだろうな?」

「その方がまだマシよ! 大変なことだわ……!」


 平沢は、異常なほど動揺していた。

 宝積寺が俺に惚れたとして、それが何故、これほど騒ぐ理由になるのかが分からない。


「……ごめんなさい。私は、このことを本家に報告するわ」

「本家……?」

「いきなり色々と言って悪かったわね。気を付けて帰って。何か異常なことが起こったら、とにかく、すぐに逃げなさい」

「それは、俺が昨日会った金髪の女と、何か関係がある話なのか?」

「詳しいことは、まだ話せないの。話したとしても、貴方がそれを信じるとは思えないわ。とにかく、何をするにしても、本家からの指示が必要よ。それじゃあ、気を付けて帰ってね」


 そう言って、平沢は、慌てた様子で教室から出て行った。


 何だったんだ、あいつは……?

 訳が分からないまま、俺は教室を後にした。

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