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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第193話 館腰美樹-1

「じゃあ……用は済んだので、俺は帰ります」


 大河原姉妹から暗に責められて、俺は部屋から逃げだそうとした。


「待って。せっかくだから、お昼を食べていって」


 先生に引き留められて、自分がケーキしか食べていないことを思い出した。


「いや、でも……腹が減ってないんで……」

「遠慮しないで。平沢さんのお姉さんとは、料理のレパートリーが違うんだから」

「……」


 落ち着いてくると、自分の腹が減っていることを感じた。

 家に帰っても、冷蔵庫に保存されている作り置きの料理があるだけだ。

 せっかくなので、ご馳走になるべきなのかもしれない。


 そう考えていると、桃花は笑みを浮かべながら言った。


「私のお尻を見て、叩いて、料理を貪るなんて、完全に暴君だね」

「わざと酷い言葉を選ぶんじゃねえ!」

「ムラムラしてたくせに」

「そもそも悪いのはお前だろ! 本当に反省してるのかよ!?」

「2人とも、喧嘩しないで。兄妹なんだから」


 やっぱり、先生と夫婦関係になるのはやめた方がいいんだろうか……?


「桃花、お前……俺のことを『お兄ちゃん』とか呼ぶのは、他の人の前ではやめてくれよ?」

「適当に言い訳すればいいんじゃない?」

「いちいち弁明する俺の身になってみろよ……」

「そうよ桃花。秘密の関係なんだから、おおっぴらにするようなことは言うべきじゃないわ」

「いつまでも隠しきれないと思うけど?」

「その時は、俺や先生の人生が終わる時かもしれないんだぞ!? ちゃんと分かってるんだろうな!?」

「分かってるよ。だから安心してね」


 不安だ……。

 こいつ、いつか口を滑らすんじゃないだろうか?



 俺達は元の部屋に戻った。

 すると、そこには、先ほどまではいなかった人物が加わっていた。


 その人物を見て、桃花は驚きの声を上げた。


「美樹さん……!」

「ごきげんよう」


 俺達にそう挨拶したのは、病院の入り口ですれ違ったことのある人物……館腰美樹さんだった。


「どうしたんですか? 急に来るなんて……」

「トラブルになるといけないと思いまして」


 そう言われて、桃花の顔が青ざめた。

 自分が俺に何をしようとしたのかを、この人には知られたくないらしい。


 美樹さんは、桃花に歩み寄ると、抱き締めてから安心させるように頭を撫でた。

 それから、俺に向き合って、微笑みかけてきた。


「貴方が黒崎和己さんですね? この前はご挨拶できず、申し訳ありません。館腰美樹と申します」

「……どうも」

「私のことは、ぜひ名前で呼んでください。この町では、皆さんから『美樹さん』と呼ばれておりますので」

「……分かりました」

「その代わりというわけではありませんが、貴方のことも名前で呼ばせていただければ幸いです」

「構いませんけど……」

「ありがとうございます、和己さん」


 何だろう……不思議な雰囲気のある人だ。

 今まで、この町で会った誰にも似ていない女性である。


「私達は、これから食事をするんですけど、美樹さんも食べますか?」

「いえ、結構です。お茶だけいただけませんか?」

「分かりました」


 皆が、美樹さんに注目している。

 その表情は、憧れているアイドルを迎えたファンのものだ。

 早見の前にいる時の、北上や黒田原と同じような様子である。


 だが、それほど注目を集めているのに、美樹さんは存在感の薄い人だった。


 目の前にいるのに、質量を感じない。

 美人なのは間違いないが、顔立ちに、はっきりとした特徴がない。

 そこにいるはずなのに、いないような気がする。


 幽霊のようだ……などと口走りそうになって自重した。

 この場でそんなことを言ったら、誰かに殴られそうである。

 もっと良い表現がないかと考えるが、なかなか思い付かない。


 俺が適切なフレーズを引き出そうとしているうちに、多くのメンバーが、食事の準備をするために部屋から出て行った。

 ケーキの時の3人だけでなく、多賀城先輩や十条先輩も、そちらに加わっている。

 部屋には、俺以外には美樹さんと大河原先生、藤田先輩だけが残った。


 先生は、ケーキを食べた時に俺が座っていた席に、美樹さんを座らせようとした。

 だが、美樹さんはそれを断り、代わりに俺が座るように促した。


 結局、先ほどと同じ席に着いて、美樹さんに直接伝えたかったことを思い出す。


「あの、美樹さん」

「何でしょうか?」

「ありがとうございました。一ノ関や須賀川が生きているのは、美樹さんが助けてくれたおかげです」

「……お礼を言われるようなことではありません。むしろ、私は皆様に謝りたいのです。もう少し早く助けることができれば、多くの被害が生じずに済んだのですから……」

「それは違います! 美樹さんが責任を感じる必要なんてありません!」


 美樹さんの言葉を、先生は強く否定した。

 藤田先輩も、それに同意して頷いている。


「俺もそう思います。それに、美樹さんが俺の居場所を特定してくれたから、スムーズに救出してもらえたんですよね? そのことについても、お礼を言わせてください」


 美樹さんがいなければ、宝積寺や先生の突入は簡単でなかっただろう。

 異世界人に襲われてから助け出されるまで、俺は美樹さんと会わなかったのだが、一連の出来事の中で、とても重大な役割を果たしたのは間違いない。


「そう言っていただけると助かります。ですが……イレギュラーの時も、私がもっと上手く立ち回れていれば、皆を助けられたのではないかと考えてしまうのです」

「美樹さんは、誰よりも皆のために働いてくださっていますよ!」

「力のある者は、相応の働きをしなければなりません。それが世の(ことわり)ですから」

「……」


 藤田先輩は、席を立って美樹さんに歩み寄った。

 美樹さんは、優しい表情をして、藤田先輩を自分の膝に座らせた。


 藤田先輩は、慣れている様子であり、どことなく満足そうな顔をしている。

 明らかに子供扱いされているのに、不満ではないらしい。


「……美樹さんならいいんですね?」

「当たり前」


 藤田先輩は、こちらに冷たい目を向けながら言った。


「……」

「申し訳ありません、和己さん。私と萌さんは、10年以上のお付き合いですので」

「いえ。先輩を膝に乗せたいわけじゃないので……」

「……変態?」


 藤田先輩は、不思議なものを見るような顔をしながら言った。


「違いますから……」

「そうよ、萌。黒崎君はロリコンじゃないんだから」

「私の方が年上……」

「それはそうだけど……」

「萌さんは可愛らしいです。その上、心遣いができるのですから素晴らしいと思います」

「……」


 美樹さんは愛おしそうに藤田先輩の頭を撫でている。

 だが、この先輩の場合は、大人の気遣いとは違う気がする。

 単純に、特等席に座ることができるのが嬉しいだけなのだろう。


 この先輩……ひょっとして、美樹さんに可愛がってもらうために、こういう言動や格好のままなのだろうか……?

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