第190話 大河原桃花-9
「……!」
確かに、大変なことになる。
直観的にそう思った。
「そうなったら、女の子の魔力量を気にしない黒崎君は、御倉沢の繁栄のために頑張らないといけないわ。さらに、女性が年上であることを気にしない黒崎君は、神無月や花乃舞の女性から、体力的に応じるのが不可能なほどのアプローチを受けるはずよ」
「……でも、俺は女に困ってませんよ?」
「そんなの関係ないわ。中には、かなり強引なやり方で迫る女性だって出てくるわよ? 若葉みたいな子が目の前で脱いだら、貴方は誘いに乗らない自信があるの?」
「……」
そんな自信はない……。
状況によっては、衝動的に応じてしまうかもしれない。
「それにね……若葉に限らず、花乃舞は胸の大きな子が多いの。黒崎君が巨乳好きなことって、皆が知ってることなのよね……」
「……」
「あんまり手を広げると、玲奈ちゃんが本気で怒るかもしれないわ。でも、桃花が傍にいれば、貴方に悪い虫が付かないように気を配ってくれるはずよ」
「それって……先生達が、俺を監視するってことですよね?」
「あら。私としては、貴方が100人以上の女を抱いても許すつもりよ」
「……それはそれで、どうかと思いますけど……」
「貴方は、年下好きな女性にとっては救世主なの。適度に遊んでくれた方が、この町のためになるのよ。複雑な気分だけど……ある程度は発散するのもいいんじゃないかしら。桃花にも、黒崎君の意向を踏まえながら、束縛しないようにしてもらうわ」
「……」
「そういうわけだから、桃花に守ってもらいながら、黒崎君にとって負担にならない生活を送るといいと思うの」
「……分かりました」
俺は、大河原桃花と向き合った。
大河原は、笑みを浮かべてこちらを見ている。
「桃花」
「なあに、お兄ちゃん」
「くれぐれも、俺にとって迷惑になることをするなよ?」
「うん。お兄ちゃん、大好き」
「……」
本当に、こいつがボディーガードで大丈夫なのだろうか?
むしろ、ややこしいことにならなければ良いのだが……。
「ねえ、お兄ちゃん。せっかく兄妹になったんだし、質問してもいい?」
「……何だ?」
「お姉ちゃんを抱いて、どうだった?」
「お前……義理の兄に、そういうことを質問するなよ……!」
「桃花……それは、さすがにいけないと思うわ」
「だって、お兄ちゃんにとって、お姉ちゃんの胸は『人間のおっぱいじゃない』んでしょ?」
「おい! あのメールの話はしない約束だろ!」
「違うよ。お姉ちゃんはメールのことを知ってるから、約束は破ってないもん」
「だからってなあ……!」
「……そうね。あのメールを見た時には、自分の胸をもぎ取りたくなったわ……」
少し虚ろな目で、先生は呟いた。
「お姉ちゃん、そんなことは言わないで。私は、お姉ちゃんのおっぱいが好きだから」
「貴方にそう言ってもらえると嬉しいわ。でも……黒崎君が嫌いだったら、自信が持てなくなるわ」
「そういうことだから。ここで、はっきりして」
「……」
「……」
「……」
「……俺も、先生の胸は最高だと思いました」
「本当なの?」
「はい。感触とか、重量感とか……未知の領域でした。先生の胸にしかない刺激ですね。それに……脱いでもらって分かりましたけど、先生の胸の形は、あの大きさでは理想的だと思います」
「おっぱいだけが好きでも困るんだけど……」
「先生あっての胸で、胸あっての先生でしょう?」
「……女性の胸は、いずれは垂れるものなのよ。異世界人の遺伝子が入っているからって、今の形のままでいることを期待されても無理よ?」
「そんな先のことは考えませんよ」
「……そう」
一応は納得してもらえたようだ。
俺の本音が全て流出してしまっただけに、ここで話がこじれなくて良かった。
先生の胸の形が良いことは事実である。
あれだけの巨乳なのに、おっぱいらしい形を保っているのは、異世界人の遺伝子が入っている女性ならではだろう。
「そっか。良かった、お姉ちゃんとお兄ちゃんの夫婦生活がうまくいきそうで」
「お前……やっぱり、俺の足を引っ張ろうとしてないか?」
「そんなことはしないよ。でもね、花乃舞には、綺麗事を好まない人が多いの。だから、身内ではそれなりに本音を言えるようにしてね?」
「……」
こういう会話が普通なのだとしたら、ギスギスした関係になりそうだ……。
花乃舞の連中が、他の家から嫌われている理由がよく分かる。
「それと、お兄ちゃんにお願いしたいことがあるんだけど」
「……頼むから、俺を追い詰めるようなことは言わないでくれ」
「大丈夫だよ。頼みたいのは、お姉ちゃんと同じことだから。お兄ちゃんにかけられた催眠術を解いてもらうまで、スマホをお姉ちゃんに預けてほしいの」
「その件なら、俺が自分で交渉するつもりだ」
「お姉ちゃんのことが信用できないの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
「今回のことは、お兄ちゃんには解決できないよ。今日、お兄ちゃんがこの家に来ることは、メールのせいで神無月にも知られているでしょ? 当然、お姉ちゃんが催眠術について暴露することは警戒するはずだよ」
「警戒しても、神無月には何もできないだろ?」
「私が愛様だったら、お兄ちゃんが北上先輩に会いに行ったら、こっそり消しちゃうと思うな。宝積寺先輩に催眠術のことを知られたら、愛様だって殺されかねないんだから」
「そんな極悪なことは、お前しかやらないだろ……」
「確かに、愛様には、そんな度胸はないかもね。でも、早見先輩ならやるよ」
「まさか……」
「やらないわけがないでしょ? やっぱり、お兄ちゃんって女を舐めてるんだね」
桃花はため息を吐いた。
俺のことを蔑んでいるような態度である。
「それは違うと思うわ。黒崎君は、アリスを美化しているのよ。あの子は、玲奈ちゃんよりも危険なのに……」
「……宝積寺よりも?」
「玲奈ちゃんは、憎しみを抱いた相手のことは殺すけど、そうじゃない人間を殺せるような子じゃないもの。あの子は、殺すことを楽しいと感じるけれど、普通の倫理観も兼ね備えているのよ。でも、アリスなら……必要があれば、誰が相手でも殺しかねないわ」
「まさか……」
「やるわよ、あの子なら。だって、アリスは倫理観に縛られるような子じゃないもの。人を殺しても、良心の呵責に苦しむような人間じゃないわ。完全犯罪を成功させるのは、ああいう子よ」
「……」
背筋が寒くなった。
言われてみれば、この姉妹の意見は正しい。
宝積寺による異世界人の虐殺を目の当たりにしても「感動した」などと言った女なら、俺を殺して埋めても、平然としているはずだ。
それに……何でもできる早見なら、殺人だって簡単にやってのけるだろう。
あいつは、敵を切断する魔法も、物を浮かせる魔法も、姿を消す魔法も使えるのだ。
宝積寺の前では、女優よりも巧妙な演技をするに違いない。
「で、でも……早見は、俺に好意的な態度ですけど……」
俺は反論を試みたが、大河原先生は首を振った。
「それは、黒崎君が女に弱いことが分かっているからよ。殺すよりも、籠絡する方がリスクが低いじゃない。アリスは、そういう計算ができる子よ」
「……」
俺は、スマホを先生に差し出した。
先生は神妙な顔をして、それを受け取った。




