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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第188話 大河原桃花-7

 大河原は、深々とため息を吐いてから言った。


「宝積寺先輩がそういう人だから、私は、蓮田先輩たちのことを本気で心配してたんだよ? それで、須賀川先輩の家に、わざわざ忍び込んで忠告したのに……お兄ちゃんに無視されて。いっそのこと、本当に暗殺した方がいいのかもしれないって、ずっと悩んでたんだからね?」

「……生徒会長は、宝積寺について、普通の女と大差ないと言ってたんだが……」

「それは、宝積寺先輩が恋愛に関しては素人だっていう話でしょ? 宝積寺先輩は、お兄ちゃんを一ノ関先輩に取られそうになっても、ショックを受けるだけで何もしなかったよね? あの人は、自分を愛してくれた人が離れていった経験が乏しいから……。落ち込む以外に、何をすればいいのかが分からないんだと思うな」

「……」

「でも、お兄ちゃんが今のままだと、そのうち、宝積寺先輩だって我慢の限界になると思うの。だから、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど……」


 大河原は、両手を合わせて、可愛らしく言った。


「今すぐ失踪してくれない?」

「お前……やっぱり、俺を殺して埋めるつもりか!?」

「そうじゃないの。私の魔法で、お兄ちゃんを記憶喪失にして、お姉ちゃんと人生をやり直してもらおうと思って」

「……!」

「記憶を消しても、お兄ちゃんの性癖は大して変わらないはずでしょ? つまり、巨乳好きなお兄ちゃんがお姉ちゃんに惚れるのは間違いないんだから、お互いにとって悪い話じゃないと思うの」

「お前は……そんな非人道的なことを、本気でするつもりか!?」

「構わないでしょ? 神無月だってやったことだもん」

「ふざけるな! 記憶をもう一度消されるなんて、冗談じゃない!」

「そうだよね、嫌だよね。でも、今まで起こったことを忘れちゃえば、お姉ちゃんや私との新しい関係を作れるんだよ?」

「そんな関係は嬉しくねえよ! それに、脳に魔法をかけると、副作用があるかもしれないんだろうが!」

「多分大丈夫だよ」

「『多分』で片付けるんじゃねえ!」

「だったら殺しちゃうよ?」


 大河原は、笑顔のままで言った。

 まるで、ちょっとしたイタズラをほのめかすような口振りである。


「……」

「お兄ちゃんは、自分の立場が分かってないよね。今だけじゃなくて、この町に来てから、ずっと。御倉沢からも神無月からも、チヤホヤされているように見えて、いい加減に扱われてるだけでしょ」

「……俺がいなくなったら、宝積寺は俺のことを、必死に探すはずだ。御倉沢や神無月が俺を見捨てても、あいつだけは俺を見捨てないはずだ……」

「今のままだったら、私もそうなると思うよ。だから、お兄ちゃんの日記を流出させようと思うの」

「!?」

「そうすれば、お兄ちゃんは宝積寺先輩から嫌われちゃうはずだよ。ううん、それだけじゃなくて、皆から嫌われるでしょ? あんなことを書く男が好きな女なんていないから」

「……」

「日記が流出した後でお兄ちゃんがいなくなっても、きっと、町の外に逃げ出したと思われるだけなんじゃないかな? ちょっと不自然なところがあっても、誰も必死に探さないと思うな」

「外道すぎる……」

「女の子を犬みたいに扱いたいとか、裸にして飾りたいとか思ってるような男には言われたくないんだけど?」

「……」

「お兄ちゃんは、私や宝積寺先輩のことを、頭がおかしい女だと思ってるでしょ? でも、私にとっては、お兄ちゃんの方がずっとおかしい人だよ。そんな人がお姉ちゃんの旦那さんで、私の義兄だなんて、絶対に嫌なんだけど……お姉ちゃんが幸せになれるなら、協力するのが妹の義務だと思うんだよね」

「……だからって、俺に副作用のリスクを押し付けて、記憶を消すのは間違ってるだろ……」

「間違ってないよ。お兄ちゃんみたいな危険人物は、もし死んじゃったとしても、文句を言われる筋合いなんてないんだから」

「……」

「でも、上手くいけば、記憶喪失になるだけで、お姉ちゃんと幸せになれるんだよ? しかも、私は完璧な義妹を演じてあげる。こんなに親切にしてあげるなんて、私って女神様みたいに心が広いよね。涙を流して感謝してもいいよ?」


 こいつは……冗談などではなく、本気でこんなことを言っているらしい。

 いくら絶世の美女で、おまけに巨乳だったとしても、ここまで酷いことを当たり前のように言う女との義兄妹関係など御免である。


「じゃあ、やるから。無駄な抵抗はなしだからね?」

「ま、待て……!」

「やだ」


 大河原は、俺を組み伏せるようにして、後頭部に手を当てた。

 意識を奪われる……そう思ったのと同じタイミングで、部屋の扉がノックされた。


「桃花、いるの?」

「お姉ちゃん……?」


 大河原は、子犬を連想させるような動きで扉に駆け寄って、鍵を開けた。

 先生は、俺がこの家に来た時と同じ格好で、部屋に入ってくる。


 踏み込まれても悪びれる様子もなく、大河原は先生に抱き付いた。

 先生は、条件反射のように大河原の頭を撫でる。


「桃花ったら……黒崎君を、こんな所に連れ込んで……。まさか、酷いことをしていないでしょうね?」

「大丈夫だよ。ただ、記憶を消そうとしてただけだもん」

「……貴方、そんなことをしようとしていたの?」

「うん。それが、皆が一番幸せになれる方法だと思って」

「……貴方の考えも理解できるわ。でも、それは私が望む人生と違うのよ。黒崎君が他の女性と付き合う権利を奪うつもりはないわ」

「お姉ちゃんって、そんなにお人好しだったっけ?」

「女は、恋をすると色々あるのよ」

「ふーん……」


 先生は、後ろ手に拘束されている俺を見た。

 すると、大河原は促される前に、手錠の鍵を先生に渡す。

 それを受け取った先生は、俺にかけられた手錠を外した。


「ごめんね、黒崎君。桃花ったら、私のために余計なことを……」

「……やっぱり、先生の妹の育て方は間違ってると思います」

「あら。桃花はとってもいい子なのよ? 私にとっては天使みたいな子なの」

「お姉ちゃんったら。そんなに褒められると恥ずかしいよ」

「……」


 この姉にして、この妹あり……ということなのだろうか?

 言動の大半が本人達の主観に基づいており、それを全く悪いと思っていない。


「そういえば、先生って……よく見ると、妹と顔が似てるんですね」

「あら、今頃気付いたの? 姉妹なんだから当然でしょ?」

「だって、先生の容姿って、外の人間に近いじゃないですか。でも、大河原は異世界人に近いでしょう?」

「そうね。でも、私の髪は黒く見えるけど、光に透かすと赤く見えるのよ?」


 そう言いながら、先生は自分のふわりと広がった髪に、大切そうに触れた。

 こうして間近で見ると、本当に美人で、包容力を感じさせる、最高の先生なのだが……。

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