第181話 大河原桜子-17
俺は、話を進めることにした。
「先生は、春華さんがこの町から出て行った理由を知っていますか?」
「知らないわ。ただ、玲奈ちゃんを見捨てたわけではないことだけは確かよ」
「……そうなんですか?」
「ええ。春華さんにとっては、最後まで玲奈ちゃんは大切な妹だったのよ。私には、よく分かるわ」
「……」
これについては、先生を信用するしかないだろう。
ただ、どれだけ大切な妹であっても、逃げ出したい気持ちが生じることは考えられるのだが……。
「先生って……どうして教師になったんですか?」
「それは、償いをしたかったからよ。沢山の人に酷いことを言った罪は、謝ったからって消えないわ。だから、皆の役に立ちたいと思ったの」
「……」
「黒崎君が何を考えているか、当ててあげようかしら?」
「えっ?」
「年下の男子を漁るために教師になった、と思ってるんでしょ?」
「……」
「疑われるのは仕方がないわよね……。そういう願望が、私にあったことは否定できないもの」
「……やっぱり、そうだったんですか?」
「教師でも、人間だもの。でもね……それは、あくまでも心の奥底にある願望であって、なるべく表に出さないようにしているものよ。黒崎君だって、綺麗な女の子と親しくなりたいとか、エッチなことをしたいとか……そういう願望があっても、本当にそうなるとは思ってなかったでしょ? それと同じよ」
「先生の、学校にいる時の格好って、男子生徒を誘惑するためのものじゃないんですか?」
「誤解よ。周囲に自分以上の年齢の男性がいるときには、自分の趣味に合った格好なんてできなかったんだもの。私は、胸も脚も出したかったの。男の子を誘いたかったわけじゃないわ。そもそも、この町の男の子は、年上の女性の身体に興味なんて持っていないんだから、露出しても意味がないでしょ?」
「でも、先生が男子を誘惑してたって話を聞きましたよ? 相手が嫌がっているのに、ベタベタ触ったとか……」
「あ、あれは……! 教師になって、嬉しくて……。生徒と親しくなりたくて、相手に触れていたら誤解されたのよ……。でもね、男の子だけじゃなくて、女の子にだって触れていたのよ? 神無月の人間のコミュニケーションを真似ようとしたのよ」
「派手な下着を履いていて、わざと男子に見せたっていう噂も聞きましたけど?」
「ちょっと……! それは、さすがに酷いわ! 女性が男の子に下着を見られたのに……!」
先生は、顔を真っ赤にして抗議した。
わざと見せたのでなければ、先生の抗議はもっともである。
「……すいません」
「これは、相手が黒崎君だから話すけど……学生だった頃は、下着だって自由に選べなかったのよ。私の胸は目立ちすぎるから、さらしを巻いて押さえていたの。だから、上下を揃えて、ちょっと派手な下着を作って楽しんでいた時に、そういうことがあって……。それで喜ばれたならまだしも、吐かれた私の気持ちが分かる? しかも、しばらくの間、『大河原先生の下着は赤だ、気持ち悪い』って、学校の男の子から散々陰口を叩かれたのよ……!」
そう言って、先生は涙ぐんだ。
確かに、それはあまりにも屈辱的な体験だっただろう。
「……そんな事故があったなら、スカートだけでも長くするべきじゃありませんか?」
「絶対に嫌よ。わざと見せたわけじゃないのに、どうしてそんな配慮をしないといけないの? 下着を見られるのは恥ずかしいから、見えてしまわないように、気を付けるようにはしたけど……」
「見られるのが嫌なら、見られにくい格好をするのが一番いいんじゃないですかね? やっぱり、教師がああいう格好をするのは良くないと思いますし……」
「……年下の男の子って、すぐに言うのよね。『ババア、年齢を考えろ』って……」
「いや、そこまでは言いませんけど……」
「あの事故の後で、下着については、あまり派手じゃない物を着けるようになったわ。気を付けていても、また事故で見えるリスクがあるもの。その時に、また吐かれたりしたら……さすがに、耐えられないから……」
「……余計なお世話かもしれませんけど、男は露出している女が好きなわけじゃありません。先生は、今の格好みたいな、上品な服装の方が魅力的に見えると思いますよ?」
「……そうよね。黒崎君は、玲奈ちゃんが好きなんだもの。上品な女性が好きなのよね……」
「いや、宝積寺だって……」
「玲奈ちゃんがどうしたの?」
「……いえ、忘れてください……」
宝積寺には、意外とだらしないところがあり、俺と会うまではパンツ一丁で寝ていたことは極秘事項である。
羞恥心の問題ではなく、春華さんの言い付けを守っていたか否かの問題なので、相手が女性でも、迂闊に喋ったら命にかかわる。
「……そうよね。相手が玲奈ちゃんでも、男の子なら、エッチなことは考えるわよね……」
先生は、俺の発言に対して、違う解釈を行ったようだ。
否定することも考えたが、先生の言葉だって事実なので、あえて否定しないでおく。
「先生、それで……そろそろ、俺が一番知りたいことを教えてください」
「……そうよね。じゃあ、場所を移しましょう」
「えっ? どうしてですか?」
「ここだと殺風景だもの。一番大切な話は、それに相応しい場所でしないとね」
「……」
嫌な予感がした。
どうして、俺の知っていることの内容が筒抜けになっている理由を聞くために、場所が重要なのだろうか……?
「あの、先生……」
「いいから。何も言わずに、一緒に来て」
「……」
手を引かれて、俺は少し離れた部屋の前に連れていかれた。
「私が先に入って準備するから、少し経ってから入ってきて」
「準備……?」
やはり、おかしい……。
ただ話をするだけなのに、何の準備をするというのか?
「先生……まさかと思いますけど、変なことを考えてませんよね?」
「安心して。黒崎君に証拠を見せるための準備をするのよ」
「証拠……?」
「黒崎君は、私のことを信用していないでしょう?」
「……そんなことはありません」
「だったら、私が、貴方と親しい女性のことを、『貴方を騙す大嘘吐きの悪女だ』って言ったら? 信用してくれるの?」
「……内容によります」
「そう。なら、やっぱり証拠が必要だわ。貴方と親しい女の子が、貴方を騙しているってことのね」
「……知ってますよ。俺が騙されていたことは……」
俺は、記憶を消されたことについて言った。
だが、先生は首を振る。
「それとは別のことよ」
「別のこと……?」
「黒崎君。貴方は今でも騙されているわ。だから、貴方の言動は筒抜けなのよ」
「……」
「ほら、信じてないでしょ? だから、はっきりとした証拠を見せたいの。私が入ってもいいと言ったら、部屋に入ってきてね」
「……分かりました」
俺が承知すると、先生は嬉しそうな顔をして、部屋に入った。
それから、おそらく30秒ほどが……しかし、とてつもなく長い時間が経過する。
「いいわよ。入って」
ようやく、部屋の中から先生の声がした。
ひょっとして、「準備をする」という言葉が嘘だったのではないかと思い始めていたので、少し安心しながら部屋に入った。




