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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第176話 大河原桜子-12

 俺は、話題を変えることにした。


「先生は……春華さんのことを、どう思っていたんですか?」

「嫌っていたと思っているんでしょ?」

「……少なくとも、宝積寺はそう感じていたみたいでした」

「玲奈ちゃんの印象は外れていないわ。当たってもいないけど……」

「……どういうことですか?」

「分かり易く言えば、怖かったのよ」

「……怖かった?」

「私でも、春華さんの前にいると、逆らえないような感覚になったのよ……まるで、そこに神様がいるみたいに……」

「……」

「だから、怖かったの。もちろん、私達は御三家の方々を、絶対の存在として崇めているわ。でも、梅花様や吹雪様には、威厳や風格だけじゃなくて、権力もあるじゃない? 従うことを、理屈で説明できるのよね……。それに、御三家の方々は、その役目に相応しい人間になるように育てられているはずだわ。あの方々に比べて、春華さんは、立場としては神無月の一員でしかないのに、皆に尊敬されて、愛されて……。どう考えてもおかしいのよ」

「そうですよね……」


 直接会ったことがないので、外の人間でも同じように感じるのかは分からないが……この町の中だけで発生する現象だとしても、理解できない存在であることは間違いない。


「そして……私にとって、もっと理解できなかったのが玲奈ちゃんの存在よ」

「先生は、イレギュラーの時には……宝積寺のことを嫌っていましたか?」

「……嫌いだったわ。あの子は、姉である春華さんから愛されているように見えたけど、いつ会っても不幸のどん底にいるような顔をしていたんだもの。何が不満なのかが分からなくて、とにかく癇に障ったわ」

「……」

「しかも、あの子が学校で男の子に暴力を振るっても、そのことで責任を取らされることもなかったのよね……。この町では、皆が魔法を使えるから、あの子みたいにキレちゃう子は、外に追い出されるのが普通なのよ。それなのに、春華さんの妹だからって、当然のことのように許されるなんて……理解できなかったわ」

「確かに、それはおかしいですよね……」

「さらに理解できなかったのは、玲奈ちゃんを放置する神無月よ。あれじゃあ、玲奈ちゃんには無制限の暴力を認めたようなものだわ。そして、春華さんには、妹を厳しく叱った様子もなかったの」

「……」

「だから、私は春華さんと2人きりになった時に、『貴方の妹の育て方は間違ってる』って直接言ったのよ」

「……!?」


 春華さんを批判する言葉を、本人に対して発した……だと!?

 この人は……何という恐ろしいことを……!


 宝積寺が、「先生が姉を罵倒したら、自分が八つ裂きにしていた」という発言をしていたことを思い出す。

 あの女なら、本当にやるだろう。


「……言われなくても分かっているわ。今でも生きていられるのは、そのことを玲奈ちゃんに知られなかったからなのよね……」


 先生は、ため息を吐きながら言った。

 宝積寺が何を考えていたのかを察しているらしい。


「春華さんは……先生の言葉に、どういう反応をしたんですか?」

「とっても悲しそうな顔をされたわ。あの時ほど、激しい罪悪感に苛まれたことはなかったわね。私でも、謝りたい気分になったもの」

「……」

「それから、春華さんに言われたの。『貴方は正しいけれど、二度とそのようなことは仰らないでください。私は貴方を失いたくありません』」

「……それじゃあ、まるで……」

「ええ。その時は、何を言われたのかが分からなかったけど……気まずい雰囲気になったから、私の方が立ち去ったのよ。それで……後でよく考えたら、自分が脅迫されたことに気付いたの。衝撃的だったし、腹が立ったわ」

「……」


 その時の先生は、春華さんに「自分を批判する奴は殺す」と言われたのだと解釈したということだ。

 事情を知らない人間が2人のやり取りを聞けば、同じことを思ってもおかしくない。


 それにしても……春華さんは、もっと良い言い回しができなかったのだろうか?

 妹の本性を明かすことができなかったとしても、誤解を招くような言い方はしない方が良いだろう。

 以前から感じていたことだが……やはり、周囲が過大評価していただけで、春華さんは完璧超人ではなかったということだろうか?


 いや、それよりも……こういうことって、大河原先生が攻撃的な性格だったから発生した、唯一の事例だったんだろうか?


 春華さんは神のように崇められていたので、他者と対立するのはレアケースだったのだと思うが……先生のような人間が他にもいたら、この町は血の海になっていたかもしれない。

 もしも、春華さんが神のような扱いを受けていなかったら、この町の平穏を保つことはできなかったということだ。


 いや……ひょっとしたら、逆なのか?


 今まで、春華さんが神秘的な人だから、妹である宝積寺も含めた皆から崇められているのだと思っていた。

 だが、妹である宝積寺が崇めているから、春華さんが神格化されたということも考えられる。


 そうだとしたら、この町の住人は、宝積寺の危険性を察知していたから、春華さんを攻撃できない対象に祭り上げたのだろうか?


 人間には欠点がある。

 だから、どんなに素晴らしい人間であっても、批判されることは避けられない。


 それに、本人に欠点がなくても、周囲の人間には嫉妬心がある。

 実際に、何も悪いことをしていないあかりさんだって、先生から辛く当たられていたらしい。


 だが……神なら?

 欠点はないし、批判することは許されない。

 実際に、神格化されている御三家の人間は、客観的に見れば欠点だらけであっても、批判は御法度とされている。


 そして、神は嫉妬の対象にもならない。

 攻撃の対象にすることは許されないし、迂闊な言動をする人間は死刑にされてもおかしくない。

 日本人である俺には馴染みがなくても、世界にはそういう国があるだろう。


 もしも。

 春華さんが、ただ好かれているだけの、普通の人だったら……どうなっていただろうか?


 きっと、多くの人間が陰口を叩いていたはずだ。

 春華さん自身に問題がなくても、「偉そうだ」とか「魔力が少ないくせに」とか、イチャモンをつけようと思えばつけられただろう。


 悪口は相手に伝わってしまうこともあるが、普通の人間は、「自分の発言を知られたら、相手に殺されるかもしれない」などということは考えない。

 だが……それを実行しかねない人間が、すぐ近くにいたら……?


 自分でも、考えすぎだとは思う。

 1つだけ言えるとしたら、俺達の日常は、周囲の人間の大半が普通であることを前提に成り立っているということだ。


 イレギュラーの後、妹を庇ったことによって人気が落ちたことからも明らかなように、人間でしかない春華さんが神になるのは不可能だったはずである。

 その矛盾が吹き出す前に春華さんがいなくなったことは、この町にとっては良かったのかもしれない……そう思った。

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