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金色の箱庭  作者: たかまち ゆう


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第170話 大河原桜子-8

「では、始めましょう。円はケーキを持ってきて。梢はお茶を淹れてちょうだい。桃花は2人を手伝ってあげて」


 先生の指示を受けて、3人は頷いた。


「うん」

「はぁい」

「分かりました」


 皆が準備を始めて、俺は花が飾られているテーブルに案内される。

 一番上座に座らされて、急に、自分が偉い人間になったような気分になった。


「黒崎君、今日は来てくれてありがとう。一度、こうやって、自分の生徒を迎えたいと思っていたの」


 大河原先生は、満足そうな笑みを浮かべながら言った。


「先生って、他の生徒は家に招いたことがないんですか?」

「そうよ。私は花乃舞の人間だもの。誰かを招こうとしても、難しいところがあるのよ」

「でも、早見だって先生の生徒ですよね?」


 俺がそう言うと、先生からは表情が消えて、遠くを見るような目をした。


「そうね……。私、あの子の担任になってしまった時には、目の前が真っ暗になったわ……」

「えっ? 先生って、早見とは仲がいいんじゃ……?」

「黒崎君……。アリスは、先生の天敵みたいな子なんです」


 多賀城先輩は、困った顔をしながら言った。


「天敵?」

「はい。先生の嫌みを受け流した人なら多少はいますけど……罵られた時に、嬉しそうに目を輝かせて抱き付くのはアリスだけです」

「ああ……なるほど……」


 早見と宝積寺から聞いた、2人が初対面だった時のやり取りを思い出す。

 あの早見なら、先生に罵られて喜んでも意外ではない。


「それだけじゃないわよ……。あの子と2人だけの時に、私が『貴方みたいに、周りからチヤホヤされて、いい気になっている子は嫌いよ』って言ったら、あの子が何をしたと思う?」


 先生は、どんよりとした顔で尋ねてくる。


「何をしたんですか?」

「アリスは、うっとりとした顔をしながら、私に抱き付いて、頬にキスをしたわ」

「なるほど……」


 まさに、宝積寺と初対面だった時と同じ反応だ。

 相手を罵った時にそういうことをされたら、ショックは大きいだろう。


「おまけに、あの子は、『愛しています。私を桜子さんの妹にしてください』と言ったのよ。……あの時は、気味が悪すぎて卒倒するかと思ったわ」


 その時のことを思い出したのか、先生は自分の身体を抱くようにした。

 多賀城先輩も、青ざめた顔をする。


 花乃舞の人間は、はっきりとした悪意を込めて暴言を放つ。

 それを浴びて、落ち込んだり怒ったりせずに喜ぶというのは、マゾヒストの素質があると思われても仕方がないだろう。

 そういう意味では、早見の対応は、怒ったりするよりも、先生に対して効果的だったのは間違いない。


 だが、それは狙ってやったことではなく、早見は単純に「敵」が好きなのだ。

 あの女は、何でもできて、誰からも好かれて、この町のほとんどの人間より強いので、自分を脅かす存在に飢えている。

 そういう意味では、歪んでいると言ってもいい人格の持ち主だ。

 宝積寺に対して、突発的に心中を持ちかけたりするなど、危うい人間だとも言える。


「アリスさんが妹ですか。それは、毎日が楽しそうですね」


 十条先輩は、本当に楽しそうに言った。

 それを聞いて、先生や多賀城先輩はギョッとした顔をする。


 一方で、藤田先輩は不満そうに頬を膨らませた。

 この先輩、ひょっとして……子供扱いをされるのが嫌いな一方で、十条先輩の妹になる資格があるのは自分だと思っているのだろうか?


「若葉……貴方はアリスをよく知らないから、そんなことが言えるのよ。あの子は、気まぐれで、わがままで、刹那的で、世界の全てが自分を中心に廻っていると思っているような子なのよ? 好意を寄せたら好き放題に利用されるし、距離を置いたら気を持たせるような言動をされるし、嫌ったら付きまとわれるわ。存在自体が災害みたいな子よ」


 先生は、かつての毒舌の片鱗が垣間見えるようなことを言った。

 どうやら、早見のことが本当に苦手らしい。


「そうですね……。先生は言い過ぎかもしれませんが、私もアリスは苦手です。由佳さんですら、アリスには手を焼いていましたから……」


 多賀城先輩は、そう言いながら、大きなため息を吐いた。

 比較的まともそうなこの人が言うのだから、早見が厄介な女であることは間違いないだろう。


「だから良いのです。私、自信に満ちた子は嫌いではありません」

「……確かに、若葉なら、アリスとは気が合いそうね。貴方って、面倒な子が好きだから……」

「あら。私だって面倒事は嫌いですよ。ただ、面白い子が好きなだけです」

「貴方が面白いと思う子って、変わった子が多いと思うわ」

「そのようなことはありません。例えば、黒崎さんも、とても面白そうな方だと思います」

「俺も……?」


 名指しされて戸惑う俺に、十条先輩は笑いかけた。


「だって、この町では、ほとんどの男の子が、年上の女性に対してつれない反応をするんですよ? 黒崎さんは、私達よりも年上の男性と同じような反応をするので可愛いと思います」

「……」


 この人も、年下好きだな……。

 俺を見ながら微笑む十条先輩に、どう言って返せば良いのか分からなくなる。


「若葉……からかわないであげて」

「からかっていませんよ? 私、黒崎さんとは、じっくりと話してみたいのです。だって、いかに年下とはいえ、魔力が少なくて、好みにも合致しているように見えないのに、先生がこれほど黒崎さんのことを好きになった理由が分からないのですもの」

「……!?」


 十条先輩の言葉には、非常に重大な文言が含まれていた。

 先生の好みに……俺が合致しない……?


「ちょっと、若葉……!」


 先生は、とても焦った様子だった。

 その反応は、図星を突かれたように見える。

 そんな先生を見て、十条先輩はクスクスと笑う。


「そろそろ、色々なことを正直に話したらいかがですか?」

「……難しいのよ。沢山のことを、順序立てて説明しないと……」

「両想いであれば、身体を重ねれば気持ちは伝わります」

「貴方って、そういうことを平然と言うのね……。断っておくけど、黒崎君には、恋人も同棲相手もいるのよ?」

「それは楽しそうですね。ですが、若い子ですから、まだ余力がありそうですよ? その証拠に、先ほどから、私の胸を目で追っていらっしゃいますもの」


 そう言って、十条先輩は悪戯っぽく笑った。

 ……やはり、気付かれていたらしい。


「いや、それは……!」


 焦る俺に、十条先輩は柔らかく微笑んだ。


「ご安心ください。私、見られるのは嫌いではありませんので。好きなだけご覧になっていただいて構いませんよ?」

「……」


 先ほどから気になっていたが……十条先輩は、胸の下で腕を組んでいる。

 ひょっとして……最初から誘う気で、この格好だったのだろうか……?

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