第169話 十条若葉-1
「梢ちゃんって律儀ぃ。黒崎君には何をしたっていいんだから、いちいち謝ったりしなくていいのに」
そう言いながら、矢板は栗橋の頬をツンツンと突いた。
「円……貴方という人は……」
「矢板、お前……俺を何だと思ってるんだ?」
「何だろぉ? う~ん……下等生物とかぁ?」
「……」
ここまで酷いことを、面と向かって平然と言えるのが、この女の恐ろしいところである。
さすがに、相手がキレて、殴られたりしないのだろうか?
「いけませんよ、円さん。退院したばかりの人に、そのような態度で接しては」
大人びた女性が、そう言って矢板を窘める。
「はぁい」
全く反省していない態度で、矢板は返事をした。
矢板に声をかけた女性のことは、視界の隅に入っていたのだが……改めて見ると、目を奪われた。
濃い目の茶色い髪色をした、やけに色っぽい雰囲気の女性だ。
その女性の服装は、かなり衝撃的なものである。
胸元が大きく開いた、ノースリーブの赤いワンピースを身に着けているのだ。
さすがに、肩や胸元にはピンク色のシースルーが付いているのだが……そのせいで、むしろエロく感じる。
こんな格好をされたら、男でなくても胸を見てしまうだろう。
おまけに、その女性の胸は、一ノ関と比べても遜色ない大きさである。
つい凝視してしまったが、慣れているのか、本人が気にする様子はなかった。
「退院おめでとうございます、黒崎さん」
妖艶という言葉が似合いそうな女性は、俺に近寄ってきて言った。
自然な動きで手を握られて、胸が高鳴った。
そんな俺を見て、その女性は口元に笑みを浮かべる。
「……あんたは?」
「私は、十条若葉と申します。高校2年生です」
「……!?」
高校生……だと……?
この人は……先輩とはいえ、俺と1歳しか違わないのか……!
もちろん、体型だけなら、早見だってこの人に負けていない。
しかし……十条先輩には、先生以外の人からは感じたことのない、フェロモンのようなものを感じた。
麻由里さんとは逆の意味で驚かされてしまう。
凄い人がいるものだ……。
間近にある、シースルーごしの谷間を見ながら、そう思った。
「萌ちゃん、こっちにいらっしゃい」
十条先輩は、離れた場所からこちらを見ている、小柄な女子に手招きした。
先輩に呼ばれた女子は、まるでお姫様のようなフリフリの服を着ており、鮮やかな金髪にはピンク色の大きなリボンを着けている。
その女子は、小走りに近寄ってくると、十条先輩の背中に張り付くようにした。
「紹介します、黒崎さん。この子は藤田萌ちゃん。私と同じ高校2年生です」
「……年上?」
俺がそう呟くと、小柄な先輩はこちらを睨んできた。
「嫌い!」
「申し訳ございません。萌ちゃんは、自分を子供扱いした人を憎みますので……」
「……すいません」
俺が謝っても、藤田……先輩は、十条先輩の陰に隠れたまま、こちらを睨んでいる。
どうやら、本当に嫌われてしまったらしい。
しかし、十条先輩の背中に隠れている女子が、俺の先輩だとは思えない。
身体が小さいだけでなく、服装も言動も、全てが子供っぽいからだ。
大人として扱われたい女性であれば、もっと相応しい格好や態度があるだろう。
同じように小柄な女子でも、後輩である長町の方が、この先輩よりはしっかりしているように思える。
「実は、萌ちゃんからも、黒崎さんに謝りたいことがあるのですが……」
「……俺に?」
俺は、この小さな先輩と面識がない。
一体、何を謝るというのか?
「……」
当の藤田先輩は、十条先輩の後ろに隠れたまま、何も言わなかった。
「申し訳ありません。この子は、こういう子なんです」
「……」
どうやら、怒らせてしまったために、謝る気を失ったらしい。
代わりに、十条先輩が頭を下げてきた。
「私からご説明いたします。先日、萌ちゃんが取り逃がした異世界人が、黒崎さんを誘拐した異世界人たちのメンバーだったようでして。結果的に、黒崎さんにご迷惑をおかけしてしまいました」
「……なるほど」
ようやく思い出した。
この人は、俺が覚えている範囲では栗橋と初めて会った時に、名前を出されていた人なのだ。
「その異世界人って、まさか……ファリアっていう女でしたか?」
「いいえ。突入した際に、1階で桜子さんが捕らえた異世界人です」
「だったら、俺は何もされてませんから、謝ってもらう必要はありませんよ」
「良かったですね、萌ちゃん」
「……」
ファリアは蓮田や渡波達を殺そうとしたが、他の異世界人は、俺達に実害を生じさせていない。
そもそも、異世界人に逃げられるのは珍しいことではないようなので、責めるのは酷だろう。
俺は藤田先輩を見た。
全てが子供っぽい人だが、良心や責任感はあるらしい。
本人は、少し気まずそうな表情になっており、十条先輩に頭を撫でられている。
「皆さん、黒崎さんは退院したばかりです。あまり負担をかけてはいけませんよ?」
皆の後ろにいる多賀城先輩がそう言った。
大河原先生のフォローをしていたこの先輩は、先生だけでなく、後輩達の面倒も見ているらしい。
栗橋はともかく、他のメンバーは性格が独特なだけに、気苦労が多そうである。
「楓の言うとおりよ。今日は、黒崎君を労るために呼んだんだからね?」
先生は、皆を窘めるように言った。
「でも、黒崎君はとっても元気でしょぉ? 退院したばっかりなのに、もう2回も発射したんだから」
「!?」
その発言に衝撃を受けた。
俺達の、夜の事情を正確に言い当てられたことに恐怖すら覚える。
「円……貴方は女の子なんだから、下品なことを言わないの」
「は~い」
注意されても、矢板は反省した様子がない。
それはともかく……こいつ、随分と自信のある口調で言い切ったな……。
考えてみれば、俺は御倉沢の女子と同居しており、退院したのは一ノ関と須賀川で、共に過ごしたのは二晩である。
そこから推理すれば、相手をしたのは2人だと分かっても不自然ではない。
だが……今までにも、矢板は謎の方法で情報を仕入れている。
やはり、魔法か何かで、寝室の状況を把握されているのだろうか……?
以前、神無月先輩にも、俺達の事情を言い当てられたことがあった。
早見が、まるで心を読んだかのような言動を時々することからも、俺が知らない、特殊な魔法が存在していると考えた方がいいのかもしれない……。
最低限のプライバシーは守ってほしい。
心からそう思った。




